大切な人の「めでたい」にだるまを 福岡で話題のヤチコダルマ

記事 INDEX

  • 赤くて、丸くて、かわいい
  • 固定観念にとらわれない
  • 誰かの「めでたい」の瞬間に

 開運の縁起物であり、願掛けにもしばしば登場する。そんな、だるまに生活をささげ、だるまの新たな世界観を生み出すまでになった気鋭の作家が福岡市にいる。「ヤチコダルマ」の吉田弥稚子さん。「あなたの知らないだるまの世界」。いざゆかん。(文:山根秀太、撮影:貞末ヒトミ)


吉田弥稚子さん

福岡市出身。達磨作家。2016年に工房をつくり、「ヤチコダルマ」の販売を開始。これまでに「無印良品」の良品計画、岩田屋、桃太郎ジーンズなど企業とのコラボも多数。全国各地のだるまを集めるコレクターでもある。全日本だるま研究会会員。


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赤くて、丸くて、かわいい――

 赤くて、丸くて、かわいい――。森見登美彦の小説『夜は短し歩けよ乙女』に登場するだるまに心を奪われた。専門学校を卒業後、デザイン事務所に就職したが、劣悪な労働環境に嫌気がさしてまもなく辞めた。日本料理店、デパート、眼科医院など職場を転々とした。その頃に出会ったのが小説の中のだるまだった。


 それからは各地のだるまを集める日々。古物がそろう蚤の市にもよく出かけた。「だるま、作ってみたら」。声をかけたのは九州の郷土玩具や民芸品を取りそろえる「山響屋」(福岡市中央区今泉)の店主・瀬川信太郎さん。彼の何気ないひと言が新たな一歩のきっかけになった。

自由にだるまを表現する

 だるまづくりの師匠はいない。ものづくりが好きで、一時はガンプラに手を出したことも。だからか、吉田さんのだるまは固定観念にとらわれず、自由だ。


お辞儀しているようにも見える「のぞき達磨」

 そもそもだるまは、仏教僧の達磨大師が壁に向かって9年も座禅を続けて手足が腐ったという言い伝えが由来になっている。だから、置物のだるまにも通常は手足がない。誰しもそれが「だるま」だと思っている。


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 吉田さんのだるまは表情が子どもっぽくかわいらしい。商品によっては手や足があるし、ネコやネズミをだっこしている。天井からぶら下げれば、手足が「ぶらぶら」と揺れる。


手足が揺れる「ぶらぶら達磨」

 あえてこうしているわけではないという。「奇をてらったことはしたくないし、若い人にこびるつもりもない。険しい表情のだるまを作りたいけど、なぜだか」。そう言って苦笑するが、今では東京・代官山でも販売し、店頭に並ぶ前から売れていくという。

工房にこもり黙々と量産

 福岡市中央区にある築数十年のワンルームマンションが「工房」。作業はもっぱら一人。ネットフリックスで映画のストーリーを聞きながら、黙々と量産する。吉田さんにとってだるまは「商品」であって「アート」ではない。


 だるま型の粘土の土台に、筥崎宮の蚤の市で買ってきたという江戸時代の古書からちぎった紙を張る。古紙だと無駄な凹凸ができずに形がきまるという。その上から鳥取県産の分厚い和紙を3枚重ねて張り子にする。乾かして型から取りだしたら絵付け作業。筆でさっと髭をひくとヤチコダルマの表情ができあがる。民芸品らしい素朴さを大切にしている。


 普段の生活は工房から半径50メートルで完結するという。天神や中洲にも近い。「近所の路地という路地は歩き尽くしました」。行きつけのコーヒースタンドがあり、お腹がすけばうまいご飯を出してくれる店もそばにある。「福岡は必要なものがぎゅっと詰まった街」。心地よさを感じている。

 快気祝いや開店祝い、合格の願掛け。その瞬間の「めでたい」や「頑張れ」をだるまに込めて気軽にプレゼントしてほしいと思っている。「その後は部屋の小高いところを定位置に、ほこりをかぶっていてもいいから」。大切な人への贈り物に、だるまはいかがだろうか?



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