お寺のカフェで「ふぅ」と一息 篠栗町の明石寺にある「楓」
記事 INDEX
- 気軽に立ち寄って
- ゆっくり話せる場
- 季節の花、緑の苔
お寺と聞くと、法要などの際に正装して出向く、どこか堅苦しい場所というイメージがある。福岡県篠栗町の鳴淵ダムに近い明石寺の境内にはカフェが設けられ、ゆっくり流れる時間のなかでお茶を楽しめると、SNSなどで話題になっている。
気軽に立ち寄って
JR福北ゆたか線の筑前山手駅から歩いて10分ほどの場所に立つ、篠栗四国八十八ヶ所霊場の第四十三番札所・明石寺。ここには、お遍路さんが体を休める宿坊「大日屋旅館」があり、緑に囲まれたカフェ「お寺喫茶 楓」も営業している。
カフェを開いたのは2020年。コロナ禍により、宿泊するお遍路さんがめっきり減ってしまった時期と重なる。使われることが少なくなった畳敷きの広間にテーブルと椅子を置いて喫茶の営業を始めた。
初めは巡礼のお年寄りの姿が目立ったが、「お寺のカフェ」という話題性もあり、家族連れや若い人たちが増えてきたそうだ。天気がよければ、ペットと一緒に本堂前のベンチでお茶を楽しむ姿も見られるという。
住職の荒巻恭海さん(37)によると、かつてはバスが列を作り、多くの巡礼者が訪れていたが、その数は年々減少。最近はグループよりも、1人や2人といった少人数で訪れるケースが増えているそうだ。
「お寺というと近寄りがたいイメージがあると思います。うちは檀家向けの寺というよりも巡礼の寺。若い人にも気軽に立ち寄ってほしい」と荒巻さんは話す。
お参りのスタイルも多様化が進む。昔ながらの形で霊場を歩いて回る人、車で効率よく移動する人のほか、最近はランニングや自転車を楽しみながら巡礼する人も見られるという。
「お参りの仕方は変わっても、心を洗いながら回ることは変わりません。お茶でも飲んで、一息ついてもらえたら」
ゆっくり話せる場
カフェで人気の品は「クリームあんみつ」(700円)だ。カラフルなゼリーの透明感が涼しげで、見て楽しい。ほかに「夏プレート」や「肉球ぜんざい」などを注文する人も多いそうだ。
本堂と同じ昭和初期に造られた宿坊の奥から、にぎやかな笑い声が聞こえてきた。そこには、広い畳の部屋でお茶を楽しむ女性たちの姿があった。かつて医療関係の職場でともに働き、3年ぶりに再会したという福岡市南区の小島敦子さん(65)たちだ。
友人に「緑豊かで落ち着いた雰囲気の場所がある」と勧められて来たそうだ。「最近は気兼ねなく、ゆっくりと話ができるカフェが少なくなりました。こんな隠れ家的なところがあるなんて。また紅葉の時期にも来たいですね」と笑顔を見せた。
ガタンゴトン――。緑の先から列車の音が聞こえた。窓の外に視線を移すと、列車が橋を渡り、間もなく山の中へと消えていった。ときどき姿を見せる列車は、とくに子どもたちに人気で、通るたびに歓声を上げながら窓辺に駆け寄っていくそうだ。
季節の花、緑の苔
寺では毎月17日、境内で御本尊千手観音縁日に写経することができる。参加者は奉納料1500円で、読経の後、般若心経を1時間ほどかけて書き上げる。その後はお茶の接待を受けて、見ず知らずだった参加者同士、ときには住職も一緒に交じって、最近の出来事や世間話などにぎやかに会話をして過ごすという。
境内には鐘楼があり、カフェを訪れた人や参拝者も維持費として50円を納めると鐘をつくことができる。最近は周辺住民の苦情などで、鐘をつける寺が減っているといい、荒巻さんは「願い事を胸に、優しい気持ちでついてもらえたら」と話していた。
境内の裏には山の斜面を利用した、細い参道が配置されている。33尊の観音像や杉の木の合間を縫うようにして、季節の花や鮮やかな緑の苔(こけ)が参道を彩る。
耳をすますと、雨上がりの山を流れるせせらぎの音。メジロをはじめ小鳥のさえずりが山にこだまする。毎年6月末にかけては、近くの川から迷い込んだホタルの姿も境内で見られるという。
カフェの名前「楓」は、「かえで」ではなく「ふう」と呼ぶ。境内に楓が多いことと、訪れた人がここで「ふぅ」と一息ついて、身も心も休めてもらえたら、という思いを込めているそうだ。
寺の門を出ると鳴淵ダム下流河川公園が見える。カフェで回復した体力で、さあ、もうひと歩き。ここからダムまで頑張って登ってみるか、あるいは河川敷をゆっくり散策してみるのも悪くなさそうだ。