3月末でお別れ 青春をありがとう!天神コア【前編】

記事 INDEX

  • 天神の「中心」で44年を刻む
  • 東京のセンスを福岡に輸入!
  • OL向けからギャルの聖地へ

 若者のファッションの聖地「天神コア」(福岡市中央区)が、天神地区の再開発に伴い2020年3月末に閉館します。40年以上にわたって時代の最先端を発信してきた天神コアは、福岡県内だけでなく、九州各地の若者に影響を与えてきました。その歴史を振り返ります。


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天神とともに歩んだ44年

 天神コアは1976年6月5日にオープンしました。天神のファッションの「中心」「核」という思いを込めた店名は、東京で流行を先導していた「銀座コア」にもあやかったそう。西鉄グループが運営する施設は、リニューアルを重ねながらも開業時の面影をとどめています。アルファベットの「T」にも、向かい合う人の顔にも見えるシンボルマークは、天神を訪れる多くの買い物客に親しまれてきました。


すっかり浸透した「天神コア」のシンボルマーク

 開業当時のキャッチフレーズは「東京の新宿・原宿のセンスを福岡に輸入する」。OLらを主なターゲットに、価格帯もやや高めの有名テナントを集めました。九州初出店のブランドも多く、「関門海峡を初めて渡った」というフレーズが聞かれました。


開業当時の天神コア(西鉄提供)

天神コアが開業した1970年代は、ベトナム戦争を契機とする反戦ムードから、自然回帰や反体制をうたう「ヒッピームーブメント」がアメリカなどで盛り上がった。ファッションでは民族的な要素を入れた「フォークロア」が広がりを見せた。


ショルダーバッグが普及し始めたのもこの頃


 人気だったのはファッション関係の店だけではありません。6階のフロア全体を占めていた九州唯一の「紀伊国屋書店」は群を抜く品ぞろえで大人気に。屋上に設けられたイベントスペースでは、中森明菜さんやチェッカーズもライブを行ったそうです。時代は昭和から平成へ。週末に特急列車や高速バスで天神を目指す女性が増え、「かもめ族」「つばめ族」という言葉も生まれました。


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ギャルの聖地へ

 バブルが崩壊したあとの1990年代半ば、天神コアは転換期を迎えます。「ギャルブーム」が一気に花開き、ルーズソックスや厚底ブーツ、ミニスカートで街を歩く若い女性があちこちで見られました。天神コアは、「SHIBUYA109」(東京)で流行していたギャル系のブランドを誘致し、九州の「109」へと変貌していきます。

1990年代は、安室奈美恵や浜崎あゆみが若者のカリスマとなった。90年代半ばは茶髪のロングヘアーに細い眉毛、ミニスカートなど安室奈美恵の着こなしをまねる「アムラー」がブームに。90年代後半になると、篠原ともえのファッションを追う「シノラー」も現れた。


ミニスカートや厚底ブーツが特徴の「アムラー」


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 天神コアの原野博仁館長に1990年代半ばの様子を聞きました。原野館長は「九州でもここにしかない店が多く、ファッションに関しては『コアに行けばなんとかなる』という風潮はあったと思います」と振り返ります。初売りにやって来た買い物客が通路にあふれ、その圧力でテナントのガラスが割れたこともあったそう。「怖いくらいに人が来ていました」


1990年代半ばを振り返る原野館長


愛され続けて「感謝しかない」

 ギャルブームが落ち着くと、試行錯誤しながら新しい展開が始まりました。人気の古着屋がテナントに入ったり、男性向けファッションを拡充したり。一時休止していた屋上でのイベントも5年ほど前から再開し、アイドルやユーチューバーによるイベントなどを企画しています。西鉄によると、天神コアの来館者数は増加傾向をたどっており、2018年度は約1700万人が訪れました。2019年度はさらに上回る勢いなのだそうです。


3月末で閉館する天神コアの入り口

 「親子連れのお客さまを見かけることもある」と原野館長。「天神コアで買い物をしていた人たちが親になって、子どもの服を一緒に買いに来てくれているんだと思います」と目を細めます。
 「多くの人に愛され、福岡の生活に根付いていると実感します。愛してくれた人たちに、感謝しかないです」

関連記事:3月末でお別れ 青春をありがとう!天神コア【後編】


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