ずらり並んだテレビが表現する「幸福」 キャナルシティのブラウン管アートが復活

記事 INDEX

  • ビデオアートの先駆者
  • 韓国で修理して再輸入
  • 「転生」を繰り返す宿命

 福岡市博多区の商業施設「キャナルシティ博多」に多数のブラウン管テレビが並んでいるのをご存じでしょうか。オフィスビルとショッピングモールをつなぐ場所にあるテレビの「壁」は世界的アーティストによるビデオアート作品。ここ数年は故障で放映を停止していましたが、関係者の尽力により8月、開業当時の姿で復活しました。

ビデオアートの先駆者

 このアートを手がけたのは、韓国生まれのナム・ジュン・パイク氏(1932~2006年)です。テレビなどを用いたビデオアートの先駆者として知られ、ニューヨークを中心に活躍しました。1995年には福岡アジア文化賞で芸術・文化賞を受けています。


ビデオアート作品が設置されている施設の出入り口

 作品は1996年4月の施設開業と同時に公開され、福岡の幸せや発展への願いを込めて「Fuku/Luck,Fuku=Luck,Matrix」と名付けられました。縦約5.4メートル、横約10.7メートル、奥行き約2.1メートルの作品には、韓国産のブラウン管テレビ180台が使われています。日本にあるパイク氏の作品群では最大だといいます。


1996年の開業当時の様子(提供:キャナルシティ博多)


 各画面に映し出されるのは、当時の最先端CGやテレビ放送、福岡の伝統芸能など様々な映像の断片。それぞれが拡大したり、連携した動きを見せ、全体で複雑なパターンを展開します。「アジアの玄関口」を掲げる福岡で、東洋の「福」と西洋の「Luck」が響き合いながら、情報が交錯するアジア的なカオスを表現した作品です。

韓国で修理して再輸入

 しかし開業5年後の2001年には、映像制御に不具合が生じてパターンの完全な再現が不可能に。その後もテレビの故障が続き、予備が底をつくと、暗いままの画面が増えていきました。ブラウン管テレビの生産は終了していたため新品も調達できず、稼働するテレビが3分の1ほどに減った2019年に放映を取りやめました。


2017年頃の様子。画面が暗いままのテレビが目立つ(提供:キャナルシティ博多)

 液晶テレビへの切り替えも検討されましたが、実現には至りませんでした。様々な方法を調査・分析していく中、韓国でならブラウン管で作品を再生できる可能性があるとわかり、今回のプロジェクトがスタートしました。

 壊れたテレビを韓国へ送って、現地で集めた同型テレビの基板と入れ替えたり、色を塗り直したりして再輸入。約1年をかけて180台すべてが映るようになりました。作品の映像を制御する機器は劣化が激しくて修理できず、現在の技術で製作したそうです。事前調査から数えて約4年、今年8月5日に放映を再開することができました。

「転生」を繰り返す宿命

 プロジェクトを担当したキャナルシティ博多の溝口直美さんは「ブラウン管の採用で『改修』ではなく『修復』と言えるレベルで復活させることができました。この状態をできる限りキープできるように維持管理していきます」と話します。


修復された作品の裏側。ブラウン管が所狭しと並んでいる

 テレビの寿命を延ばすため、現在は12時、15時、18時の一日3回、各1時間ずつ放映。アナログ感が漂うブラウン管ならではの描写と色調、同じパターンは二度と現れないという予測不能な動きが、行き交う人々の目を楽しませています。


よみがえった作品を説明する溝口さん

 今後また壊れると、ブラウン管テレビで修復するのは不可能に近いといいます。「メディアアートは『転生』を繰り返す宿命にあります。作品の『魂』をどうやって転生させるのか、その時の状況で判断は変わるでしょう」と溝口さんは話します。

 「パイク映像のカッコよさを空間全体で感じながら、いつまでもつのか、次はどうやって転生させるのか、もやもやした気持ちで見てもらえたら」



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