伝統工芸の未来に挑戦 八女提灯の「ミニだるま」が話題に

だるまの提灯越しに見た絵付け作業の様子

記事 INDEX

  • 時代とともに変化
  • ”らしからぬ”個性
  • 伝統に新たな息吹

 200年ほど前から提灯(ちょうちん)が作られている福岡県の八女地区。提灯の生産量で日本一を誇る八女市にある「シラキ工芸」では、手のひらサイズのだるま形の提灯「豆cocolanだるま」が、海外からの観光客のほか提灯になじみの薄い若い人たちに注目され、じわじわと人気が広がっている。

時代とともに変化

 古い町家の白壁が続く八女福島の町並み。一帯では国の伝統的工芸品に指定されている「八女福島仏壇」や「八女提灯」、そして節句人形など多くの伝統工芸が育まれ、連綿と受け継がれてきた。中でも多くの技術が駆使される八女提灯は、職人技の結晶と言われる。


旧往還道にある八女福島の白壁の町並み


 その提灯、シラキ工芸の入江朋臣(ともおみ)社長(49)によると、ライフスタイルの変化で需要が減り、求められるものも変わってきた。シンプルな仏前に合う小さな提灯が求められること、そもそも和室が減り仏壇がない家が増えたこと、コロナ禍の影響もありお盆の行事の簡素化も進んでいること――などが背景にあるようだ。


工房で進む絵付け作業


 本来は高級品の八女提灯。もっと気軽に触れてもらい、「若い職人らの感覚を取り入れながら進化していることを知ってほしい」と、シラキ工芸では従来の枠にとらわれない新たなスタイルを模索している。


なんとも愛らしい表情が人気


 そうした中、若い女性を中心とした絵師らのアイデアから生まれたのが、豆cocolanだるま――。現代の暮らしに合うように、コンパクトでおしゃれ、和洋どちらにもなじむデザインを意識した。2021年に販売を始めた。


あかりがついた豆cocolanだるま


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”らしからぬ”個性

 制作にあたっては、絵師ら5人の職人が約30種の顔の案を出し合い、16個を作った。アイデアの中には、泣いている様子を指す若者の言葉「ぴえん」の表情もあったが、残念ながら採用にはならなかったそうだ。


「ぴえん」の表情を描いた下書き


 だるまの模様は、青色の「市松」とピンクの「桜」があり、それぞれ味のある8種の表情が描かれている。


 市松には、だるまの王道を行くような「だるま」、”らしからぬ”かわいらしさで一番人気の「ぼっちゃん」などがある。とくに「だるま」の表情を描くには「ほかのものよりも手数が必要」なため、絵付けには2、3倍の時間がかかるという。


「だるま」(下段左から2番目)や「ぼっちゃん」(下段右端)など市松のだるま


 また桜には、日本人形をモチーフに、お目々がぱっちりで愛らしい「おとめ」や、思わず「どうしたの?」と尋ねたくなる表情の「こまった」などがある。それぞれが個性豊かに、部屋に彩りと温かみを与えてくれそうだ。


「おとめ」(上段右端)や「こまった」(上段左端)など桜のだるま


 「七転び八起き」をうたっているだけあって、軽く突いてみると、すぐに起き上がるのがなんともほほえましい。


伝統に新たな息吹

 絵師の仕事場はどんな様子なのだろう。工房で、絵付けの作業を見せてもらった。

 絵師になって5年目という永山庸子さん(27)が、だるまの繊細な表情を描く役割を担っている。


だるまの繊細な表情を小筆で描く永山さん


 「絵のうまさや技術は無関係。勤勉さと経験が必要です」と永山さん。佐賀大学(佐賀市)で日本画を学び、絵師として就職した。絵が好きで、休みの日も描いているという。「命を吹き込むように丁寧に。ただし、思い切りも大事です」


「命を吹き込むように丁寧に」


 カメラのシャッター音が絵師の集中力を削いでしまうのでは――と思ってしまう張り詰めた空気の工房。筆先を何度も整えながら、片方の瞳を30秒ほどかけてゆっくりと丁寧に描いていく。


 失敗が許されない世界。分業制のため、別の職人によって骨格が作られ、絹を貼り付けられた提灯が、少しでも筆を誤ると廃棄処分に。「プレッシャーも感じます。やはり肩がこりますね」と永山さんは言う。


「おとめ」の眉の部分をゆっくりと丁寧に描く


 価格は1個3300円で、市内の直営店や雑貨店で販売している。それぞれの工程で高度な技が求められるため「一日でせいぜい13個ほどしかできない」とのことだ。


若い職人らのアイデアを取り入れた豆cocolanだるま


 入江さんによると「ほとんど、もうけにならない」というだるま提灯。とはいえ、手仕事でしかできない細やかな技、作品からにじむ温もりを若い人に伝え、提灯制作の技術を進化させていくためにも、新しい分野への挑戦は大切だと考えている。


提灯に絵付けする職人。絵付け体験は欧米からの旅行客に好評という


 だるまの顔の部分や「手提げ提灯」の絵付けを体験するワークショップ(予約制)も開いており、絵師のアドバイスを受けながら、オリジナルのミニ提灯を作ることができる。料金は3300円。「日本らしくて、お土産にちょうどいい」と、海外からの旅行客に喜ばれているそうだ。



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