福岡・八女提灯の伊藤権次郎商店 若き8代目は世界を狙う
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福岡県八女市で江戸時代から続く提灯屋の8代目・伊藤博紀さん。若者向けファッションビルの従業員から、伝統工芸の家業を継いだ。一般にイメージする「職人」とは一線を画し、ひょうひょうとした語り口からは数々の野望が放たれる。
伊藤博紀さん
1990年生まれ。福岡県八女市出身。福岡市内のファッションビルでプロモーション事業に携わり、退職後に提灯職人として家業の伊藤権次郎商店を継ぐ。趣味はジム通い。
ファッションビルから提灯職人へ
「伊藤権次郎商店」の創業は江戸後期の1815年(文化12年)にさかのぼる。もとは指物商だったが、その後、提灯製造を始めたという。
幼いときから家業を継ぐつもりでいたが、外の世界への好奇心もあった。福岡市・天神のファッションビルで働き、ワンフロアを任され、プロモーション事業に関わった。でも、心の片隅にはつねに提灯があった。「会社にも『僕はすぐ辞めます』と言っていましたからね」
あまり知られていないが、提灯は八女と岐阜が国内の二大産地だ。意外にも、東京や京都は生産額では二大産地に遠く及ばない。
盆提灯の生産が盛んな八女で、伊藤権次郎商店は神社仏閣やお祭り、飲食店などでも使われる装飾提灯によって生計を立てている。
プロモーション仕事で得た感覚
数年前、白壁の町並みに残る古民家を作業場に改修した。一方、自身は無精ひげを伸ばし、「職人」のイメージとは遠いストリート系のファッションに身を包む。
「こんな古民家の作業場で作務衣とか着て作業してたら、くどいでしょ」
職人としてのイメージは大事にしつつも、やり過ぎない。数々のプロモーション仕事で得た感覚だ。
転機になった櫛田神社の提灯
転機になった仕事がある。博多祇園山笠で知られる櫛田神社(福岡市博多区)に提灯を奉納したときだ。神社からは自由に制作してほしいと依頼され、何度も神社に通ってご神木のイチョウをモチーフにした提灯を完成させた。「苦労もありましたが、信頼して任せてもらえたうれしさが大きかったですね」。この仕事が自信につながった。
紙の代わりにデニム生地を採用したこともある。提灯の絵には妖怪や春画も取り入れている。「固定観念にとらわれたくない」。伝統工芸の提灯をアートに昇華させ、伊藤権次郎商店の新しいブランド価値をつくり上げている。
"脱"固定観念を追求するなかで、歴史や伝統の価値にも気づけてきた。古民家を作業場にしたのも、世間が「職人」に求めているイメージを柔軟に取り入れた結果だ。「江戸時代から続いてきたという歴史の重みは感じます。変わらないことの『すごみ』は大事にしたい」と言う。
九州、そして海外へ
新型コロナウイルスの影響で多くの祭りが延期や中止に追い込まれる中にあっても、仕事の依頼は以前とさほど変わらないという。海外からはディズニーの実写版映画「くるみ割り人形と秘密の王国」(2018年)に提灯を提供。さらに、アメリカの動画配信大手が制作する長編作品の依頼もあり、活躍の場は着実に広がっている。視線は九州、そして海外へと向いている。
ニューヨークで個展を開くのが夢だとも。「ニューヨークには目の肥えた人たちがいる。だったらその最難関から攻略したい。新型ウイルスが収まったら、会場の下見に行きたいですね」。ひょうひょうとした口調から確かな自信をのぞかせた。