アートで激戦区を生き抜く 博多の飲食店がお抱えイラストレーターを雇うわけ

記事 INDEX

  • ポップさと懐かしさ
  • 激戦区を生き抜くためのアート
  • 福岡発、飲食店育ちのアーティスト

 飲食店がひしめく福岡市中心部は、常にどこかで新しい店が生まれ、消えていく。ABEchan(アベチャン)は福岡市に拠点を置く飲食店チェーン「COMATSU」の制作部に所属するイラストレーターだ。デザイン事務所でなく、飲食店のお抱えイラストレーターとは珍しい。しかも、最近は活躍の場を広げ、仕事は自社ブランドの制作にとどまらないという。アベチャンは何者か。仕事の現場を訪ねた。


ABEchan

1987年生まれ。佐賀県唐津市出身。2016年に創作活動を開始。2018年からCOMATSU制作部に所属。インスタグラムは@freedom_of_creation


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ポップさと懐かしさ

 ポップな色彩で描かれる女性やカップル。福岡市内には女性を描くアーティストは多い。だが、アベチャンの作風はそのいずれとも異なる。アメリカのポップアートの影響を受けつつも、1980年代の漫画のような懐かしさもある。


(提供:ABEchan)

 福岡市の天神や大名に作品づくりのヒントを求める。「街行く人のファッションを観察します。流行は何なのか」。コマツ制作部がある福岡市・薬院から天神や大名までは、散歩するにはちょうどいい距離感だ。


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手描きが生むアナログの風味

 近年は、パソコンやタブレット端末に直接イラストを描く人も増えている。しかし、アベチャンはアナログの雰囲気を大切にしている。


カップルが描かれたトレーシングペーパー

 まず、鉛筆で下書きをしたら、半透明のトレーシングペーパーを重ねて丁寧にペン入れをしていく。それを事務所にある複合機でデジタル化し、ようやくパソコンを使って色をのせる。「手描きはどことなく線に味が出る」のだと言う。

 何十枚も描いて完成に2週間かかる作品もあれば、3時間くらいで仕上がるときもある。天神のバス停には、芋焼酎「さくら白波」(薩摩酒造)のポスターが3月末まで飾られていた。「これは時間かかりましたね」。アベチャンが来てから、コマツ制作部は社内ブランドのデザインだけでなく、外部の広告を受注するようになった。


福岡市・天神のバス停に掲示されたポスター(3月19日撮影)


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飲食店激戦区を生き抜くアート

 福岡市中心部では多くの飲食店がしのぎを削る。ただ、料理の質やサービスで差別化を図るにしても限界はある。そこでコマツが目をつけたのが、アベチャンの描くポップなイラストだった。

 アベチャンがコマツに入社したのは2018年12月。それまでは普通にデザイン事務所に勤め、情報誌の表紙や飲食店の壁面アートを手がけた。「彼の個展で女性が『かわいい』と話しながら立ち止まっていたんです」。アベチャンをスカウトしたコマツ制作部の高尾喜明さんが言う。


コマツで使用されているグラス(提供:COMATSU)

 アベチャンのイラストが店の壁面やメニュー表を飾るようになった。今では福岡市内に9店舗、東京にも進出し、日本橋と神田に飲食店を構える。「予想以上の効果で、多くのファンを獲得できている。福岡の飲食店推しアーティストにしたい」(高尾さん)


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福岡発、飲食店育ちのアーティスト

 人見知りで、恥ずかしがり屋だから、ペンネームで活動しているという。街行く女性を観察しているときも、「男子なんで『かわいいな』とかはありますよ。でもシャイなんでまじまじとは見られない」と照れるから、内気という言葉にも説得力がある。


薬院にある制作部で仕事をするアベチャン

 今年に入り、福岡市の六本松蔦屋書店や博多阪急で作品展を開催し、活動の幅を広げている。「目標はイラストレーターとして食べていくこと。夢はニューヨークで個展を開くこと」。飲食店が育てる福岡発のアーティスト。今年は活躍の場が増えそうだ。



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