新しい映像体験を 「ゴッホ・アライブ 福岡展」の楽しみ方

福岡三越で開催中の「ゴッホ・アライブ 福岡展」

記事 INDEX

  • 自由に様々な角度で
  • ジャポニズムの時代
  • 絵筆で描いた”映像”

九産大芸術学部・黒岩教授に聞いた

 福岡市・天神の福岡三越で開催中の「ゴッホ・アライブ 福岡展」は、会期が後半に入り、連日多くの人でにぎわっています。世界中で圧倒的な人気のある画家、フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホ(1853~1890年)の作品を四方の壁や床に投影して鑑賞する「イマーシブ(没入型)」と呼ばれる新しい形の展覧会。映像作家で九州産業大芸術学部教授の黒岩俊哉さんに同行してもらい、楽しみ方を聞きました。


黒岩 俊哉 さん

 九州産業大学芸術学部教授。メディア芸術論、サウンドアート実習を受け持つ。日本映像学会の会長を務め、映像作家としても活動。福岡市中央区天神3の「アートスペース貘」で「黒岩俊哉 映像個展 ―まなざしのパッセージ2024―」を9月1日まで開催中。

自由に様々な角度で

 暗幕を開けて会場内に入ると、クラシック音楽が流れる中、来場者を取り囲むように設置された巨大スクリーンにゴッホの作品が次々と映し出されます。天井の高さは4.7メートルあり、大きな画面からは、油絵の具のデコボコした重なり具合や豊かな色づかいが鮮烈な印象で伝わってきます。「スケール感が大きくて、まるで絵の中に入ったような新しい映像体験ができるところが、イマーシブ展覧会の特徴ですね」と黒岩さんは話します。


作品が大きなサイズで投影され、没入感に浸れる

 映像技術を使って、作品の一部を動かして見せるのも特徴の一つです。例えば、糸杉と教会のある町の風景を描いた有名な「星月夜」(1889年)は、夜空に描かれた渦巻く気流がぐるぐる回ります。

 「空の気流は目には見えないけれど、ゴッホは感じたものをキャンバスに描く技量があったのでしょう。彼の気持ちを想像しながら、中空でこの渦巻きをなぞってみると面白いですよ」とすすめます。

 自分の左耳下部を切り取るなどの行動で「正気と狂気の間を揺れ動いた」と言われるゴッホですが、黒岩さんは「絵の構図や色彩は破綻していない。内側から出てくる情熱を、冷静にキャンバス上に表現していて、おおらかで、うまい」とみています。


会場内を歩き回って、好きな場所から写真や動画を撮っても楽しい

 「ゴッホ・アライブ 福岡展」では、ゴッホが1890年に37歳で亡くなるまでの約10年間にオランダやパリ、アルルなどで描いた絵が、軌跡を追って映し出され、作風の変遷を知ることもできます。

 会場で黒岩さんが気になったのは、多くの人が一か所に立ち止まって、あるいは椅子に座ったままで鑑賞していることだそうです。「映画は決まった席でスクリーンを見るものですが、イマーシブの展覧会は、自由に動き回って、流れる映像をいろんな角度から楽しんでほしい」と提案します。


ゴッホの「ひまわり」をイメージした展示も

ジャポニズムの時代

 ゴッホは、日本の浮世絵に興味を持ち、模写していたことでも知られています。19世紀末のヨーロッパでは「ジャポニズム」と言われる日本ブームが起き、モネやルノワールといった印象派の画家たちが浮世絵の構図や色づかいを取り入れました。


絵の中の花びらがヒラヒラと舞うような演出も

 ゴッホも、弟のテオと400点を超える浮世絵を集めたそうです。ゴッホがサン=レミの療養院で描いた「アイリス」(1889年)や「花咲くアーモンドの木」(1890年)は、日本の影響が感じられます。ゴッホが打ち掛け姿の花魁(おいらん)の浮世絵を模写した作品「花魁(渓斎英泉による)」(1887年)は、一生懸命に描いたのだろうとほほえましい印象を持ちました。


来場者を見つめるゴッホの自画像

 黒岩さんは「八百万(やおよろず)の神を信仰し、自然や四季の移ろいに敏感な日本人の感性と、古いものに魂が宿ると考えるヨーロッパ人の感覚とは、似通ったところがあるのかもしれませんね」と話します。

絵筆で描いた”映像”

 黒岩さんは熊本市出身。九州芸術工科大(現・九州大)で映像を学びました。大学時代は8ミリフィルムで作品を制作していたそうです。「動くものは『命』の象徴です。アニメーションという言葉に『命を吹き込む』という意味があるように、動くものを表現したいという気持ちは、人が洞窟で壁画を描いていた先史時代から変わらないのではないでしょうか」と言います。

 ゴッホが亡くなる直前に描いた「カラスの飛ぶ麦畑」(1890年)は、風にそよぐ麦のざわめきや群れ飛ぶカラスの羽音が伝わってくるようです。


「ゴッホの気持ちを想像しながら展示を巡ってみてください」と話す黒岩さん(左)

 そして、ゴッホの死から5年後の1895年、フランス南東部のリヨンでリュミエール兄弟が映画(シネマトグラフ)を発明。映像の時代がスタートします。

 「映像文化の発展によって、エンターテインメントとアートの境界線上にイマーシブ展覧会が生まれました。楽しみながら、芸術を知り始めることができますよ」と黒岩さんは話します。

【ゴッホ・アライブ 福岡展】
 福岡三越9階「三越ギャラリー」で、9月13日まで。会期中無休。入場料は一般2500円、高校・大学生2000円、小中学生1500円。原則、日時指定券が必要だが、各時間に空きがある場合は当日券を販売する。会期終了までいつでも入場できる「期間限定フリー券」もある。
 問い合わせは同展実行委員会(092-718-4649)へ。



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