1日4万人→56万人 街の成長とともに!福岡市地下鉄が歩んだ45年
「1000N系」の前で地下鉄への思いを語る弥永さん
福岡市地下鉄が7月26日、開業45年を迎えた。初年度に約4万人だった1日の利用者は56万人を超え、市民の足として定着した。箱崎線と西日本鉄道貝塚線との直通化を目指す動きが再浮上し、市は今後、他の路線の延伸も検討する。地下鉄に長年かかわってきた職員は「需要があるのは信頼されている証し。これからも市民に愛されてほしい」と願う。
渋滞緩和へ整備
1970年代、100万人都市となった福岡市で深刻化する渋滞を緩和するため、地下鉄の整備が始まった。81年7月に空港線の室見ー天神間(5.8キロ)が開業。翌年、同線が中洲川端まで延び、箱崎線の中洲川端ー呉服町間(0.5キロ)にも電車が走り出した。
福岡県久留米市出身で、84年に福岡市役所に入庁し、翌年から市交通局に勤務する安全推進課長の弥永高則さん(61)は、学生時代に地下鉄に乗った時のことを覚えている。「土地鑑がなくても簡単に目的地にたどり着ける。便利さに驚いた」と振り返る。
姪浜車両工場(福岡市西区)で車両の保守点検に従事し、メーカーから車両を受け取る際の検査を任された。車両は当時の最新技術を備えた「1000系」で、車掌が乗車しないワンマン運転を地下鉄で初めて可能にした。箱崎線は86年に貝塚までの全線(4.7キロ)がつながり、空港線も93年に福岡空港に乗り入れ、全線(13.1キロ)での営業が始まった。
七隈線が開業
市西南部で住宅地の開発が進み、中心部までを結ぶ路線として96年、七隈線が着工した。市は空港線、箱崎線より需要が少ないと判断し、車両を小型化することにした。
弥永さんは、技術職の立場で車両製作に携わった。従来より小さな車体でも圧迫感を感じさせないよう、車両の連結部分の仕切りにガラス板を採用するなどした。「この電車に乗りに行きたいと思ってもらえるような車両を目指した」という。
2005年、七隈線の橋本ー天神南間(12.0キロ)が開業した。ただ、厳しい船出となった。11万人と見込んだ1日の利用者は4万~8万人と低迷。「沿線の開発が進めばもっと利用してもらえる。そう信じるしかなかった」と思い返す。
想定外は続いた。利用者を増やすため、市は天神南から博多までの延伸工事に乗り出したが、16年11月に博多駅前で大規模な陥没事故が起きた。トンネルの天井の一部が崩れ、陥没の深さは約15メートルに及んだ。
組織の一員として事故に責任を感じた。当時は姪浜車両工場で車両の保守点検を行う責任者を務めており、「安全な運行をしなければいけないとの思いがより一層強くなった」と話す。
増える利用者
延伸の工期は当初予定から約2年延び、23年に天神南ー博多間(1.6キロ)が開業した。博多駅と接続したことで七隈線の利用者は急増。ラッシュ時は混雑が常態化し、現行の1編成4両を空港線、箱崎線と同じ6両に増やすことも検討されている。「いずれ6両で走ってくれることを願っていた。本当にうれしい」と笑顔を見せる。
福岡市の再開発促進策「天神ビッグバン」で中心部は様変わりした。市の人口は160万人を超え、今後も増加する見込みだ。アジア各地からの玄関口として訪日客も増えており、市交通局は1日の利用者が31年度には60万7000人に達すると予測している。
さらなる需要に対応するため、市は26年度、空港線・姪浜駅と七隈線・橋本駅間の接続、福岡空港国際線ターミナルへの延伸に向けた検討に乗り出した。議論が事実上ストップしていた箱崎線と西鉄貝塚線の直通化を巡っても、7月2日、高島宗一郎市長と西鉄の林田浩一社長がトップ会談し、実現に向けて検討を進めることで一致した。
■ 乗客の死亡事故はゼロ
「地下鉄の象徴的な車両で、仕事に誇りを持たせてくれた」。22日、姪浜車両工場。弥永さんは「1000系」を改造した「1000N系」を見ながら言い切った。開業以来、乗客が命を落とす脱線や衝突事故は起きていない。
25年度まで交通局で部長を務めた弥永さん。役職定年となり、26年度からは事故防止などの取り組みを若手職員に伝えている。「路線が広がっても、当たり前に運行していくのが私たちの役割」と力を込めた。
■ 36年度末に累損解消へ
地下鉄の単年度損益は開業から赤字が続いていた。11年度に黒字になったが、コロナ禍の影響で20年度には33億円の赤字に陥った。その後、七隈線の延伸効果もあり、V字回復し、24年度は93億円の黒字だった。
市交通局が25年2月にまとめた収支計画によると、累積赤字(857億円)は36年度末に解消されるという。







