「誰ひとり取り残されないまち」 抱樸・奥田知志代表に聞く工藤会跡地利用のこと
記事 INDEX
- 「希望のまち」プロジェクトとは
- 30年前に突きつけられた『宿題』
- 薄く広い家族をつくる
生活困窮者の自立支援に取り組む北九州市のNPO法人「抱樸(ほうぼく)」。特定危険指定暴力団・工藤会の旧本部事務所跡地を買い取り、全世代型の福祉拠点を整備する「希望のまちプロジェクト」を進めている。「誰ひとり取り残されないまちづくり」。抱樸の奥田知志代表には30年前の"原点"があった。コロナ禍の今、奥田さんたちがプロジェクトに取り組む理由とは。
「希望のまち」プロジェクトとは
希望のまちプロジェクトは、北九州市小倉北区の工藤会旧本部事務所跡地に、生活困窮者だけでなく、子どもや若者、地域に暮らす人たちが共生する拠点施設をつくろうという計画だ。
旧本部事務所は昨年2月に解体工事が終了。工藤会側が土地売却の意向を示したため、福岡県暴力追放運動推進センターが介在して、福岡県内の民間企業が跡地を購入。その後、抱樸が1億2500万円で企業から土地を買い取った。
施設は2023年秋に着工し、2024年秋の開所を目指している。土地の購入資金などは全て寄付で賄う予定という。
抱樸によると、北九州市内のホームレスは2004年の457人をピークに、今年1月には50人にまで減少した。一方、コロナ禍で仕事や住む場所を失った若者、夫の家庭内暴力から逃れてきた母子家庭など、支援を必要とする人は増えているという。
「家族や親戚との関係が切れてしまっている単身者やひとり親世帯も多いので、家族的なケアができる仕組みづくりが必要になる。社会的な孤立状態を解消してあげないと、問題は根本的に解決しない。地域が疑似的な家族となって支えていく仕組みを実現するためにも、まちづくりという発想は欠かせない」
30年前に突きつけられた『宿題』
抱樸は1988年、ホームレスの自立支援を始めた。バブル崩壊、リーマンショック、派遣切り――。社会経済に翻弄(ほんろう)され、行き場を失った人たちを見てきた。常態化する貧困と格差を目の当たりにし、2014年に「北九州ホームレス支援機構」から「抱樸」に名称を変更した。毎週2回(12月~2月は週1回)の炊き出しは変わらない。
希望のまちプロジェクトの実現へ、奥田さんを突き動かす原点がある。
炊き出しを始めて数年たった頃、一人のホームレスの男性が奥田さんに助けを求めてきた。男性は高架下で寝泊まりしていたが、夜中になると、中学生の少年たちに物を投げつけられ、ついにはコンクリートブロックで襲撃された。当時、北九州市内では青少年によるホームレスへの襲撃が後を絶たず、社会問題になっていた。
奥田さんは憤り、男性と一緒に、少年たちが通っているであろう中学校へ抗議に向かった。すると、男性がつぶやいた。
「あの子たちには、住む家はあるんだろうけど、帰る家がない。親や家族、誰からも心配されていないんじゃないか。俺はホームレスだから、あの子らの気持ちが分かるけどな」。はっとさせられた。ホームレスの男性も、少年たちも、自らを受け入れてくれる「ホーム」を失っていたのだ。
「住む場所さえ与えれば『ハウスレス(経済的困窮)』は解決する。でも、つながりが切れ、居場所をなくした『ホームレス(社会的孤立)』は救えない」
男性が寝泊まりしていた高架下は、更地になった旧本部事務所跡地の近くに今もある。「30年前の原点の場所に戻ってきた。あの時の中学生はどうなっただろう。当時は被害を受けたホームレスの支援で、少年たちには関与しなかった。希望のまちプロジェクトでは、あの時に突きつけられた『宿題』とも向き合いたい」
薄く広い家族をつくる
「暴力団が行き場を失った若者の『ホーム』になっているのだとしたら、それは断ち切るべきだと思う。必要なのは社会との関係性を修復してあげること。希望のまちは、誰ひとり取り残されない居場所にしたい」
日本型福祉に根付く家族主義の問題点をこう指摘する。「日本社会は家族や親戚に責任を負わせすぎるきらいががあって、家庭内の問題を『家族の責任』と押しつける。つながりが強い分、逃げ場がなく、家族関係がひとたび破綻してしまうと、修復するのは極めて困難になる」
「それなら、地域全体を家族にできないだろうか」。抱樸は2013年から地域をまるごと家族のような関係にする「互助会」の取り組みを始めた。現在は約270人が参加しているという。「150人くらいが元ホームレスで、私を含めたボランティアや地域の住民も参加している」。週に数回、サロンやレクリエーションで集まるが、最大の役割は「葬式」のお世話だという。
単身高齢者は、孤独死などのリスクを理由に、賃貸契約を断られるケースが各地で相次いでいる。「互助会が機能したことで賃貸契約を断られるケースが少なくなった。互助会が最期までみとり、希望者には『互助会葬』をする。これまで家族に押しつけてきたことを地域が担うことで、課題を解決できている」
希望のまちが目指すのは、互助会で成功している"薄く広い"家族だ。「こっちのお父さんダメなら、あっちのお父さんで勝負する、みたいな。何人かのお父さんやお母さんがいて、疑似的な家族関係を地域に根付かせ、家族機能を社会化させたい」
めちゃくちゃおしゃれな施設にしたろ
土地取得費用は募金で約7500万円(2021年5月現在)が集まっている。今年夏からはクラウドファンディングでも寄付を呼びかける予定だ。
プロジェクトの顧問には元厚生労働省事務次官の村木厚子さん、趣旨に賛同する「応援団」には、林真琴検事総長や作家の平野啓一郎さん、脳科学者の茂木健一郎さんらが名を連ねる。
今、コロナ禍による計画の遅れを取り戻そうと、地域住民との意見交換が本格化している。「子どもたちが希望のまちの柱になるだろう。子どもたちが笑顔でいられる街はきっといい街。子どもたちが泣いてるような街は誰にとっても住みにくい街なんだと思う」
奥田さんは「マイナスをゼロに戻すまち」ではないと言う。「従業員は元ホームレスや元暴力団関係者かもしれない。でもそこは、行き場を失った"かわいそうな人"をお世話する施設ではありません。地域の人たちが自慢できる場所にしたい。めちゃくちゃおしゃれな施設にしたろと思ってます。北九州を『怖いまち』ではなく、誰ひとり取り残されない『優しいまち』にしたいんよ」