北九州市立いのちのたび博物館のヤマネコ博士 実はすっごい人だった

いのちのたび博物館の伊澤雅子館長

記事 INDEX

  • きっかけは福岡の離島での研究
  • 約20年ぶりイリオモテヤマネコの交通事故ゼロ
  • 子どもの「これ本物?」に応える

 沖縄県・西表島に生息する国の特別天然記念物イリオモテヤマネコを40年近く研究している。そんな伊澤雅子さんに付いたあだ名は「ヤマネコ博士」。昨年4月、勤めていた琉球大学を退職し、北九州市立いのちのたび博物館の館長に就任した。ヤマネコ研究のきっかけは、福岡県内の離島に暮らす野良猫が大きく関係していたという。


伊澤雅子さん

北九州市立いのちのたび博物館館長。琉球大学名誉教授。琉球大では女性初の学部長を務めた。いのちのたび博物館の前身・市立自然史博物館にも勤務した経験を持つ。1954年生まれ。福岡市出身。

離島での野良猫研究がきっかけ

 「幼い頃から動物が好きで、ペットというより番犬やニワトリとかですけどね、飼っていました。将来は動物に関係した職に就きたいと思っていました」

 九州大に進学し、動物の生態研究をスタートさせた。当時は女性研究者がひとりで野外に出て、調査・活動をするのが珍しかった時代。「私の先生たちは進歩的だったからフィールドワークをさせてもらえましたが、心配もあったはずです。離島には野良猫が多く生息していて、研究室でよく遊びに出かけていました。ここなら女性ひとりでも危なくないだろうということで、ネコの社会について研究を始めたのです」

 群れをつくらずに単独で生きているように思われるネコの社会。野良猫の研究をしていた伊澤さんのもとに、ある研究グループから声がかかります。

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そしてヤマネコ研究へ

 イリオモテヤマネコは西表島にだけ生息する固有種で1965年に発見された。アメリカ統治下の琉球政府が天然記念物に指定。沖縄の本土復帰にともない国の特別天然記念物に指定され、1974年度から生態や生息環境の調査が始まった。環境省によると、個体数は100頭ほどと推定されている。

 イリオモテヤマネコの研究グループに誘われたのは1982年。「人間の生活を優先すべきか、ヤマネコの保護を優先すべきか」。イリオモテヤマネコの保護を巡る議論は「ヤマネコ論争」とも呼ばれた。一方で、その生態は謎のベールに包まれていた。

 「保護をするにも、生態が分からないと対策が講じられません。当時、電源や電子機器が小型化したおかげで、発信機を使った動物の生態調査が海外で盛んになっていました。国内でも鹿などの大型動物から始まって、徐々に小型動物に応用されるようになり、私も野良猫に発信機をつけて調査をしていました。その技術が必要だということで研究グループに加わりました」


西表島で実習する伊澤さん(本人提供)


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世界遺産登録、でも課題も

 ユネスコ(国連教育・科学・文化機関)の世界遺産委員会は7月、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」を世界自然遺産に登録した。

 しかし、ユネスコの諮問機関「国際自然保護連合」は西表島への観光客を抑制し、希少種の交通事故死を減らす必要を指摘。世界遺産委は日本に対し、2022年12月までに取り組みの結果を報告するよう求めている。

 「屋久島から台湾にかけての島々に生息する動物はすごいんですよ。面白いんです。イリオモテヤマネコ以外にも、ヤンバルクイナやケナガネズミといった特異な生態を持つ動物が暮らしています。それぞれの島の環境に適応した生き物もいれば、大陸に生息する生き物との共通点を残す生き物もいます」

 奄美群島を含む琉球諸島の生物多様性を熱っぽく語る。「世界自然遺産の価値がある地域だと思います。それぞれの島が珍しい地史を持っていて、本来なら島しょ部すべてを世界遺産にする価値があると思っています。世界遺産の地域だけでなく、全体をどのように保全すべきかを考えなければなりません」


「観光客の協力は欠かせない」

 イリオモテヤマネコの保護だけではない。この地域は国内外から多くの観光客を受け入れている。コロナ禍の前は沖縄の県内総生産の2割を観光が占め、アフターコロナの沖縄経済を牽引するのも観光に違いない。しかし、観光客の急激な増加は、環境だけにとどまらず、住民生活にも大きな負荷を与えかねない。

 「動物の交通事故死の問題はどこにも共通ですが、観光客による生態系への過負荷は西表島が顕著です。ネコやマングースなど外来種の問題は(沖縄島北部の)やんばるや奄美大島で目立ちます。問題の解決には行政や住民、研究者だけでなく、観光客の力も必要です。動物の交通事故死はドライバーが気をつければ解消できます。世界遺産を体験したい人が国内外から訪れるわけで、観光客の協力は欠かせません」

 皮肉にもコロナ禍で西表島への観光客は抑えられている。「新型コロナの影響が収まり、観光客がいっせいに訪れるような状況になると心配です。イリオモテヤマネコの交通事故は多い年で9件。それが去年はゼロでした」。経済活動が滞って苦労する島民が多かったことは確かだが、交通事故が約20年ぶりにゼロになったのも事実だ。


イリオモテヤマネコの年別事故件数(西表野生生物保護センターのサイトより)

 人間とヤマネコの共存は可能か。ヤマネコ論争以来、問われ続けている課題だ。「島民はずっと共存してきました。イリオモテヤマネコは絶滅せず、島民とともに暮らしてきました。2013年に新石垣空港が開港して観光客が増え、島の産業形態も変わりました。島への入域制限を検討する必要があります。ガイドを育成して正しい西表島の楽しみ方を観光客に伝えることも重要です。人であふれかえる秘境を観光して、観光客は本当に楽しいのでしょうか」

 観光客の増加は、西表島の住民生活にも悪影響を与えていると指摘する。「石垣島の病院へ行くために観光客と同じように船に並ばないと乗船できないとか、飲食店は客でいっぱいだとか、島民にも負荷がかかっています。このままだと、生き物も島民も観光客も、みんなが不幸になりかねません」


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子どもたちの「これ本物?」に応えたい


 昨春、いのちのたび博物館の館長に就いた。コロナ禍での着任で、外部への「顔見せ」すら十分できていないという。

 「コロナ禍で出来ないことはありましたが、ずっと後回しにしていた課題に取り組めました。予約入場制を導入し、SNSでの情報発信も強化しました。予約制により、感染対策だけでなく、利用者が混雑なく快適な環境で見学できるようになりました」

 「30年前、いのちのたび博物館の前身の市立自然史博物館に勤務していました。当時の館長の口癖が『本物を見せる。実物を見せる』でした。博物館の使命は写真や映像ではなく、大きさや重さを実感させることだと。子どもはよく『これ本物?』と質問してきます。きれいに出来たイリオモテヤマネコの模型より、ぼろぼろでも本物の毛皮の方が訴えかけるものがあるようです。コロナ禍でオンラインの取り組みもしていますが、実物を見て、触れられるものには触ってほしいです」

 もう一つ、情報発信の強化を課題にあげる。「沖縄が生物多様性のホットスポットで、世界遺産で盛り上がっているのが当たり前だと感じていました。でも、ここでは誰も知らない。それどころか『ヤンバルクイナって鳥?』『イリオモテヤマネコってどこの島にいるの?』といった具合でショックを受けましたし、反省もしました。いのちのたび博物館でも南西諸島の展示をするとか、もっと情報発信していかないと。それに気づけたのも良かったですね。これからです!」

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