「おしし、しっとーと?」修理した獅子頭が福岡市博物館に大集合〜前編・現場見学会

うめたに(福岡市西区周船寺)で行われた獅子頭の修理現場見学会

記事 INDEX

  • 偶然出合った獅子頭
  • おししの町医者がいない
  • 「来し方」を知るチャンス

 福岡市内約30か所で行われる疫病退散の伝統行事「祓(はら)い獅子」。各地域で用いる獅子頭14体の一斉修理を記念し、展示と関連イベント「おしし、しっとーと?〜福岡市の祓い獅子行事~」が3月15日から福岡市博物館(早良区百道浜)で開催されます。修理事業の一環として企画された現場見学会を取材しました。

偶然出合った獅子頭

 2021年4月、市博物館の特別展「ミイラ『永遠の命』を求めて」を訪れたときのことでした。博物館の前で開館を待っていると、両手に大きな包みを提げた男性が現れ、その包みから何か赤いものが見えたのです。チラチラと様子をうかがっていると、男性は「獅子頭だけど、見る?」と包みを解いてくれました。


快く獅子頭を見せてくれた阪本さん

 男性は、子どものときから「姪浜の獅子まわし」(姪の浜三丁目2区町内会)にかかわってきた阪本国嗣さん。この日、伝統行事「祓い獅子」に用いる獅子頭が市博物館に集められ、市による調査が行われるのだといいます。

 許可を得てその様子をのぞかせてもらうと、会議室に20体ほどの獅子頭がズラリ。口の開き方(阿形=あぎょう=と吽形=うんぎょう=)、雄雌、色や大きさなど、さまざまな違いがあって驚きました。


2021年4月に市博物館で行われた獅子頭の調査

 祓い獅子は通称「おしし」とも呼ばれ、獅子頭を担いで町内を祓って歩いたり、家々の玄関や台所をお祓いする「門祓(かどばら)い」を行ったりするものです。


毎年6月に行われる「姪浜の獅子まわし」(提供:姪の浜三丁目2区町内会)

 「市内の祓い獅子行事のうち24件は、福岡市登録無形民俗文化財の第1号なんです」と話すのは、福岡市文化財活用課の荒川真希さん。「無形民俗文化財は祇園山笠行事や神幸行事のような大規模な伝統行事を中心に指定し保護を進めてきましたが、暮らしや地域に伝わる習俗についても広く市民にもっと知ってほしいという思いがあって、登録することになりました」


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おししの町医者がいない

 祓い獅子を行う市内の保存会を調査した荒川さんのもとに聞こえてきたのは、担い手の高齢化に対する悩みと、「傷んだおししが不憫(ふびん)でね」という声でした。「昔は町内会で寄付を集めて獅子頭を直したけど今では難しい」と阪本さんもため息をつきます。

 「行事が長く続くには、行事の核である獅子頭をメンテナンスし、地域でどう受け継いでいくかを見直さなければ」と語る荒川さん。福岡市は、祓い獅子に用いる獅子頭の修理と活用のために「文化庁文化芸術振興費補助金」を受けました。


2018、19年度に祓い獅子行事を調査し、今回の修理事業も担当する荒川さん

 美術品でも神宝でもない、伝統行事の「用具」である獅子頭の修理を誰に頼めばいいのか、荒川さんは悩みました。「博物館の収蔵品なら、修理を専門とする技術者に委託します。獅子頭は町内行事に使うものなので、ちょっとした怪我(けが)や不具合を気軽に相談できる『町医者』的な存在が身近にほしい。でも、市内では木地職人も漆職人も減ってしまって」。その言葉から、獅子頭を手入れする技と人も守っていかねばという危機感が伝わってきます。

「来し方」を知るチャンス

 「保存会の皆さんが修理された獅子頭を見て、『きれいになった、ありがたい』で終わるのはもったいない。修理は、獅子頭が経てきた年月を紐(ひも)解き、自分たちが受け継いできた獅子頭とは何者かを知るチャンスなのでは」と考えた荒川さん。そこで、獅子頭の破損状況と修理工程を福岡市と業者、保存会が一緒に確認する「修理現場見学会」を企画しました。


修理現場見学会で解説をする永渕さん

 14体の修理を一手に引き受けたのは、江戸末期創業の仏壇仏具専門店で神社仏閣の施工も行う「うめたに」。「木地(木工)、漆の下地と上塗り、仕上げ(箔押しなど)まで全工程を請けられる業者は福岡市内では珍しいです」と営業部長の永渕隆広さんは話します。2021年12月、阪本さんら姪の浜三丁目2区町内会のメンバーが、その現場を見学しました。


「行事を担う子どもたちに見せてあげたい」と見学者を募った (提供:姪の浜三丁目2区町内会)

耳や口が取り外された獅子頭を確認するメンバー。「補強のために裏が布張りされてるとは」


 「保存状態がいいので木地はいかして、塗装だけ漆に替えましょう。漆なら何度でも塗り替えられますから」というのが永渕さんの提案。「虫食いがひどくて木地からやり直すものもありますが、補助金だけでは足りないので町内会の負担が大きくなるんです」と荒川さんが説明します。三者が「予算内でどう直すか」を協議することも修理現場見学会の目的の一つです。


21の工程を経て塗り直す。「漆はしっかり乾かして塗り重ねないと痩せてしまう」と永渕さん

 獅子頭は1959年に購入されたものですが、20年前に阪本さんが手先の器用さをいかして塗り直し、金箔も貼り直したそう。「漆はかぶれやすいし、素人がきれいに塗るなんて無理。扱いやすいカシュー塗料(漆に似た合成樹脂塗料)で塗り直したけど、刷毛のムラも目立つね」と苦笑いです。


20年前の作業で耳を一つ塗り忘れていた。奥の耳が塗り直す前の色

 「阪本さんのように町の人が手入れして使い継いでいけるのが望ましいです。他の地域では、傷みが放置されて使えなくなったものもあります」と荒川さんは話します。「漆は紫外線に弱いので、箱に入れて保管したほうがいいですね」と永渕さんはアドバイス。「いつ誰が修理したと箱に記録しておけば、後を継ぐ人たちも助かるね」と阪本さんはうなずきます。


貼り直した金箔をはがすと本来の目が現れた(右)。20年前に描き直した目の位置がずれていたと判明

 自分たちの獅子頭はどのように作られ、使われ、守られ、いま目の前にあるのか。その「来し方」を知ることで、次の世代に語り継いでいくことができます。修理現場見学会は、獅子頭という「もの」が語る声に耳を傾ける貴重な機会となりました。

 「これからも行事が続いていくように手を尽くしたい。修理した獅子頭は行事だけでなく、祓い獅子を知らない人たちに興味を持ってもらうためにも活用します」と荒川さん。修理された獅子頭は、「おしし、しっとーと?〜福岡市の祓い獅子行事〜」の展示・関連イベントで見ることができます。

【後編・展示&体験】に続く



<おしし、しっとーと?>
福岡市博物館(福岡市早良区百道浜3-1-1)※月曜休館
①展示「おしし大集合」
3月15日(火)〜4月3日(日)9:30〜17:30/1階 体験学習室(みたいけんラボ)
②子ども向けワークショップ「はらってまわる博物館〜お獅子パワーで疫病退散!」(要予約)
3月19日(土)10:00〜11:30
定員:小学生10名(兄弟児の同伴可)
③講演「家を廻(まわ)る獅子のパワーに迫る」(要予約)
3月19日(土)14:00〜15:30
※②③の予約は3月9日(水)までに、公式サイトの応募フォームで


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