たべられません ミニチュア作家の本気が詰まった「おせち」
記事 INDEX
- 指先にリアルを再現
- 思いを作品に込めて
- こだわりを貫き通す
もうすぐ新年。お正月といえば、おせち料理だ。数の子や黒豆、昆布巻きなど縁起の良い料理が食卓に並ぶ。今、私の目の前にあるのは、そのミニチュア作品。指先サイズの精巧なアート作品を見ていると、ワクワクした気持ちになってくる。
指先にリアルを再現
まるで魔法をかけたような、小さなおせちの作品を手がけたのは、福岡県久留米市のミニチュア作家みすみともこさん(50)。材料は、粘土やピンセット、つや出し用のマニキュアなど、身の回りにあるものが中心だ。
ミリ以下の単位で構成される”小世界”は、おせち料理にとどまらない。「お菓子が大好き」なだけあって、スイーツのほか、福岡の銘菓「千鳥饅頭(まんじゅう)」「博多通りもん」「鶴乃子」「めんべい」などのミニチュアが自宅の棚に並ぶ。
グラフィックデザイナーとして活躍してきたみすみさん。ミニチュアの世界に飛び込んだのは、二十数年前にテレビで見たドールハウスに魅了されたのがきっかけだった。趣味でドールハウスを作り始めたが、制作するミニチュアはやがて、人形から食べ物へと移っていった。
ある時、「こんなのがあればいいな」と架空のアイスクリームの作品を形にしてみた。SNSにアップしてネットで販売すると、話題が一気に広がった。インスタグラムのフォロワー数は現在15万人を超える。
2019年には、写真集「日本一小さな手土産の世界 みすみともこの手土産ミニチュアコレクション」(KADOKAWA)を発売。各地で展示会も開き、訪れる先々で驚きの声に迎えられた。
思いを作品に込めて
みすみさんのミニチュアお菓子に対する愛情とこだわりは独特だ。
たとえば千鳥饅頭の場合――。「ずっと嗅いでいたい」という包装紙のにおい、箱を開けたときのワクワク感、最初に口に運ぶときの期待感など、ふとした感動や気持ちの動きを、作品でどのように再現し、見る人に伝えられるかに焦点を当てる。
子どもの頃の思い出をたどりながら作り上げるのも楽しみの一つ。その例に挙げるのが、九州の人気アイス「ブラックモンブラン」だ。「最初の一口って最高じゃないですか」「どう攻めるか考えるでしょ」。熱く語るみすみさんに圧倒されながら、表面が落ちないように食べ進めた記憶、「あたり」が出たときの喜びを思い起こした。
「同じ体験をした人たちと思いを共にしたい」。そのために、作品の中に思い入れをどう込めるかを自問自答し、その表現方法について考えを巡らせる。方向が定まったら一気に作り、気がつけば夜が明けていたことも1度や2度ではないそうだ。
こだわりを貫き通す
見せてもらった作品の中で最も圧倒されたのが、一口サイズのチーズだった。肉眼ではよく分からないが、マクロレンズ越しに見て衝撃を受けた。細密で、もう精密部品と表現してもいいレベル。アルミ箔(はく)を剥がす赤いテープを引っ張る感触、角の部分がうまく開けないときの感覚を意識しながら作ったという。
こだわりは、包装紙の印刷の文字、インクの色など細部にわたる。「ミニチュアの制作では『まあいいか』と妥協することができません」と語る。作品を撮影する前夜、完成品を見つめていたら違和感が芽生えたことがあるという。「0.3ミリ違う」。決断したら、あとは一直線。材料を改めてそろえて徹夜で作り直したそうだ。
「その時のリアルな思い、はるかな思い出を作品を通じてよみがえらせたい」と、こだわりを貫くみすみさん。正直なところ、本人に会いに行くまでは、ミニチュア作りを趣味にしている女性というくらいの認識だった。作品を前に話を聞いていると、勝手に抱いていたイメージはどんどん崩れ、「求道者」や「職人」の姿に重なった。
取材を終えて笑顔で見送られるとき、「あなたもプロでしょ。写真でしっかり表現してくださいね」と、背後から無言のメッセージを送られた気がした。