筑豊のまちにアートでにぎわいを! 鉄の芸術家・そのだ正治さん
記事 INDEX
- 商店街に「大きなイス」
- 感動が身近にある生活
- 「ハート」に込めた思い
福岡県飯塚市の飯塚本町商店街そばの路地に、時を経ても色あせず存在感を放つ巨大な椅子がある。筑豊の街なかに、鉄で作られたアート作品が”増殖中”だ。寺社や駅のホーム、バス停など30か所以上にのぼり、新しい名所として注目されている。
商店街に「大きなイス」
「筑豊をアートで観光の街にしたい」――。そんな夢を抱きながら鉄の作品を手がけているのは、地元・飯塚市の芸術家、そのだ正治さん(63)だ。30年ほど前から創作活動を続けている。
そのださんの代表作の一つが、見たままの名前がついた「大きなイス」。作品は高さ5.8メートル、奥行き1.6メートルで、重さは500キロ以上になる。
披露されたのは、ちょうど20年前。商店街の周辺が整備されて工事は完了したものの、その壁面だけは殺風景なままだった。「大きな絵で彩ってはどうだろうか?」。そのださんは相談を受けた。
「人を集め、にぎわいを生むには立体的なオブジェがよいのでは」。市民からの寄付で集まった約150万円を制作費に充て、およそ3か月をかけて2003年に完成した。そのときは、もちまきをして作品の誕生を祝ったそうだ。
建物を管理する島田不動産が営業している日には、店の厚意で2階に上がれる。そこにある扉を開けて建物の外へ一歩踏み出すと、「大きなイス」に座っているかのような写真を撮れる。
なぜ、椅子の作品を手がけることにしたのだろう? そのださんに尋ねた。
自分自身が一番リラックスできるのは、椅子に座っているときなのでは――。そう考え、「安らぎを与えてくれる身近な存在を作品にすれば、共感を得られるはず」と制作に取りかかった。「抽象的で難解な現代アートではなく、多くの人が理解してくれる巨大なモノで表現したい」との思いがあったという。
感動が身近にある生活
わくわく感、ほっとするもの、浮き立つ気持ちをアートで表現すれば、見た人の心を揺さぶることができるのではないだろうか――。「日常に溶け込み、身近に感じられる作品」を追い求め、制作活動に打ち込んでいる。
その思いの背景には、若い頃にアメリカ・ニューヨークで受けた衝撃がある。「敷地内にオブジェを置かなければならない」という決まりがある街には、ビルの谷間の小さな空間など至るところにアートが息づき、無機質な景色に潤いを与えていた。
美術館に行かなくても、街を歩けばアートに触れられる日常。生まれ育った筑豊をアートであふれる街にできたら――。夢を膨らませた。
「心あるものを形にすること」が、そのださんのテーマ。「制作は常に体力勝負」と、厚い鉄板と”格闘”しながら作品に向き合っている。
飯塚市と福岡市の間にある八木山峠の展望台には、飯塚の玄関口にふさわしいものをと、ハート形の鉄板1296枚を使った「しあわせの鐘」を作った。頭上にある取っ手を揺らすと爽やかな音が鳴り、カップルに人気のスポットになっている。
飯塚市の大分八幡宮には、たくさんのハートをあしらった絵馬とおみくじ掛け「しあわせのむすび」がある。商店街の「大きなイス」のそばには、ハートを組み合わせた「幸運猫」と「銀龍」も置かれ、こちらも写真に映えると人気を集めている。
映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』の舞台になった田川伊田駅(田川市)のホームにある「しあわせの蒼(あお)い鳥」は、縁結びスポットとして知られている。
「ハート」に込めた思い
筑豊を代表する芸術家として知られるそのださんだが、そこまで地元にこだわる理由は何なのだろう? さらに掘り下げて聞くと、幼少期の思い出を話してくれた。
幼い頃、周辺はまだ炭鉱で栄え、住民も多く活気があったという。しかし小学3年の頃、事故などが重なり地元の炭鉱が閉山。それを境に友人が一人また一人と去っていき、数年のうちにクラスの半分近くがいなくなったそうだ。寂しく悲しい記憶が「街に再びにぎわいを」と活動する源泉になっている。
SNSなどで作品を知った人が数か所だけ見て帰るのを、かねて残念に思っていた。そこで「わざわざ飯塚まで来たのにもったいない。ほかの作品も見てもらい、地域に活力がよみがえる一助になれば」と私費で用意したのが、街を巡るアートマップだ。
アートマップ「いいづか たのしいげいじゅつ」は3月下旬に完成。そのださんの作品を展示・販売する「マサジアートギャラリー」などで、無料配布している。
そのださんの作品はハートを重ねたものが多い。わくわくしたり、ときめいたり、ほっと安心したり、それぞれのさまざまな思いをハートに込めて表現する。
小さなハートが集まれば大きな形をなし、社会を楽しく美しく変えてくれるに違いない。もちろん、生まれ育ったこの街も――。そう信じ、工房で汗を流している。