今年も咲いた夏の生命 自宅の庭でクマゼミの羽化を見守った

月明かりを受けて羽化するクマゼミ

記事 INDEX

  • もう、うるさくない?
  • 旅立ちの瞬間にエール
  • また来年も待ってます

 季節が盛夏へと走り出すこの時期、毎年ひそかに楽しみにしていることがある。クマゼミが羽化する瞬間に立ち会うことだ。福岡市内にある自宅の庭で7、8年前から幼虫の姿を目にするようになった。「今日もいたね」。夜、高さ3メートルほどの庭の木に、懐中電灯の明かりをあてて声をかける。

もう、うるさくない?

 クマゼミは体長6~7センチの大型のセミで、ほかのセミに比べて鳴き声も大きいといわれる。関東南部以西に生息するが、近年は温暖化の影響などで北陸地方でも見られるという。


体も声も大きいクマゼミ


 暗くなり始めた頃、土をまとった飴(あめ)色の幼虫がゆっくりと木の上を目指す。枝や葉の先端付近まで来ると、あたりを行き来する。羽化に適した場所を探しているのか、強風が吹いても落ちないよう足場の安全を確かめているようにも見える。


日が落ちた後、ゆっくりと梅の木に登る幼虫


 それから約1時間後、透き通る羽が美しい淡い緑色の成虫が現れた。月明かりに照らされるその姿は、まるで一輪のかれんな花が咲いたようだ。


一輪のかれんな花が咲いたよう


 子どもの頃、セミが羽化する様子は図鑑や学習ノートの表紙でしか知らなかった。一度は見てみたいと憧れはしたが、その機会に恵まれないままだった。


羽化の後はじっとして動かず、夜が明ける頃まで羽を乾かす


 それが数十年を経て、狭い住宅街にある庭で毎年のように見られ、気がつけば我が家の夏の風物詩に。羽化の瞬間を見守っていると、限られた時間を懸命に生きようとする姿がいとおしく、うるさいばかりだった鳴き声も以前ほどは気にならなくなる。


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旅立ちの瞬間にエール

 北九州市立いのちのたび博物館で昆虫を担当する蓑島悠介さん(38)に、クマゼミについて聞いてみた。セミのことは専門ではないとしつつも丁寧に答えてくれた。


雨の滴を受けるセミの抜け殻


 農業害虫やマラリア蚊などについては生態の研究が進んでいるものの、セミはなお多くが謎に包まれているという。少しずつ解明されてはいるが、夏休みの自由研究のレベルにとどまっているのが現状らしい。


雨上がりの地面を進み、登れそうな木を探す


 クマゼミは4、5年ほどを地中で過ごし、地上で数週間の短い時間を享受するという。寿命を全うできるのは、かなり限定される。幼虫はアリに狙われ、成長してもモグラの餌食になる。


羽化することなく地面で命尽きる幼虫も


 何年も土の中で過ごし、ようやく地上に出て羽化のステージにたどり着いたとしても、その先には試練がさらに立ちはだかる。体力が尽きて木に登れなかったり、あるいは木から落ちたり、鳥などの天敵に襲われたり――。


背中が割れて白い成虫がゆっくりと出てきた


 そんな苦難の末にたどり着いた”旅立ち”のとき。月の光を浴びて、ゆっくりゆっくり、時折もだえるように殻を破って身を出そうとする姿に、つい「頑張れ」とエールを送りたくなる。


また来年も待ってます


地面に落ちた枯れ枝で羽化するセミ


 辺りが静まり返った夜、クマゼミの小さな”生命”が地中に潜ったであろう5年前の我が身と重ねあわせる。「あの頃には土の中にいたのか。生涯のクライマックスが最終盤に訪れるってすごいね。とびきりの時間を楽しんでね」。心の中でセミと会話しながら、神秘のショーを間近で見るのは、ちょっとぜいたくなひとときだ。


アジサイの葉の裏で見つけた抜け殻


 庭でクマゼミの羽化が続いたのは10日間ほど。夜が明けて確認すると、窮余の選択だったのだろうか、アジサイの葉の裏や、ブロック塀で羽化した跡もあった。


ブロック塀に爪を食い込ませて羽化したセミも


 「なぜこんな住宅街にある小さな木を選んで、毎年クマゼミが卵を産むのだろう。サケのように帰巣本能があるのだろうか」。以前から不思議に思っていたことを蓑島さんに聞いてみた。


 すると「それはないでしょうね」とキッパリ。「立地、日当たり、枝ぶりが魅力的だったのでは」


住宅街にある梅の木で羽化


 「アリやハチには帰巣本能があるが、セミは聞いたことがない。もし、あるとしたら超おもしろい。多くの人が飛びつくテーマになるでしょうね」と蓑島さん。その一言にちょっとしたロマンを感じた。


殻から出て、体を乾かすまで4時間前後かかる


 求愛のために鳴くのはオスだけ。鳴き始めるまでに数日かかる。朝、扉を開けると、クマゼミの鳴き声がピタリとやんだ。「ビックリした? ごめんね。ここは産卵にお薦めの場所だと奥さんに伝えておいてね」。そんな”会話”が楽しめるのも、本格的な夏がいよいよ始まる今の時期だけだ。



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