おいしい!が生きる自信に 藤崎のお弁当屋さん「Cam-on」
記事 INDEX
- 誰もが仕事の喜びを味わいたい
- 「あなたのメニュー」が居場所に
- 町のふつうのお弁当屋さんに!
藤崎(福岡市早良区)の住宅街にある弁当・総菜店「Cam-on(カムオン)」。2年前にオープンした店は「手づくりのお総菜をあれこれ選べてお得!」と評判が口コミで広まり、11時の開店前からお客さんが並びます。就労継続支援事業B型の事業所として店を運営する山口洋子さんに思いを聞きました。
誰もが仕事の喜びを味わいたい
のれんをくぐると、肉や魚の主菜と、彩り豊かな糸島野菜などを使った副菜の大皿が計10種以上並びます。主菜1品と副菜3品を選べる「デリ弁当」が500円! 「お野菜がおいしくて毎日通ってます」「来るたびに違うメニューがあってワクワク」とお客さんに好評で、「安すぎない?」という声も聞かれます。
糸島産の野菜や魚、貴重なニホンミツバチのハチミツ、柳川産のりなど身近でとれる食材をできるだけ選び、日替わりで提供する多彩なメニュー。こだわりの素材を使い、なぜリーズナブルな価格を実現できるのでしょうか。
それは、Cam-onが就労継続支援事業B型の事業所であり、弁当・総菜の製造販売などによる収入と、利用者数に応じて市から支給される訓練等給付費によって運営されていることと大きく関係しています。
Cam-onでは、精神障がいや知的障がいのある人が自らの特性や心身の調子に合った仕事をし、報酬として「工賃」を得ています。その工賃は一般企業の雇用契約に基づく仕事の最低賃金を下回りますが、就労はハードルが高いと感じる利用者にとって「自分のペースで働ける」「通える場所がある」といった安心感があるのです。
弁当や総菜の売り上げから材料費などの経費を差し引いた金額のすべてが、工賃として利用者に還元されています。
山口さんは、利用者が働きやすく地域に開かれた事業所を運営するため2021年に合同会社を設立しました。「障がいのある人もない人も、働くことの喜びややりがいを一緒に感じようよ!という思いで取り組んでいます。お弁当を買ってくださる皆さんの笑顔を見たら、利用者も職員も笑顔になれますよね」と語ります。
「あなたのメニュー」が居場所に
副菜の人気メニューの一つは「トマトと卵の塩炒め」で、調理を担当する利用者が決まっています。「彼女はトマトの種を全部とり、塩はレシピ通りにきっちり計量します。火加減も絶妙。水っぽくならず味に安定感があって、よく売れるんです。だから“これはあなたのメニューね”って任せています」と山口さん。
自らの能力や特性をいかして作ったメニューがよく売れれば、利用者の大きな自信に。「あなたのメニュー」は、その人の大切な”居場所”になるのです。
日替わりメニューの構成は職員が計画的に考えているのかと思いきや、利用者が冷蔵庫の材料を見て、レシピを調べながら「これを作りたい」と決めるそうです。
「どうしてもゴーヤーチャンプルーを作りたい利用者がいれば、ゴーヤーを買ってきますよ。予算オーバーの材料は難しいですけど。みんなが思い思いにメニューを決めるから副菜の味付けがかぶることもありますが、人気があるのでいいかなって」。その日、その人の「やってみたい」という気持ちに、できるだけ応えるのが山口さんのポリシーです。
26歳から70歳まで22人の利用者が登録し、毎日10人ほどがキッチンに立っています。魚のウロコをとって三枚おろしにしたり、揚げ物の衣をつけたり、自分に適した仕事を選んで分担します。通所時間はまちまちで、早い人は8時にやってくるため、山口さんは7時30分から5升ほどの米を炊き始め、「おはようございます」と迎えるそうです。
職員は8人で、幅広い年齢のさまざまな専門性を持つ人が関わっています。中には、山口さんが「送迎と畑仕事、やらない?」とスカウトした70代の職員も。利用者は、調理のほかにも畑仕事や袋つめなど各々がやりたい仕事を行い、「こうしないとだめ」というルールはありません。
「利用者も職員もそれぞれやりたいことをやり、地域の皆さんがお弁当や総菜を喜んで買ってくれることでこの場所を維持できる。このサイクルが一番理想的ですね」
町のふつうのお弁当屋さんに!
山口さんは精神障がい者を対象とした事業所に長く勤務し、弁当店やレストラン、クリーニング店など地域に開かれたサービスや場をつくってきました。「20年ほど前は、精神障がい者のための福祉施設の開所を近隣住民から反対されたり、レストランを開こうとして“包丁を持たせるなんて危ない”といった根拠のない偏見をぶつけられたりしたこともありました」と振り返ります。
「表面的には障がい者に対する世の中の理解は進んだように見えますね。でも私たち支援者ですら、障がいのある人を信じきれない気持ちが心のどこかにあるのではと、日々自分に問い続けていますよ」と語る山口さん。
「事業所が運営するお店って、常連さんだけが集まるこぢんまりした雰囲気になりがちでしょ? それは、支援者やお客さんが“やっぱり障がい者だから”って彼らの能力をどこか信じていないからだと感じてきました。一人ひとりの能力を信じて、うまく引き出したいですね」
以前、利用者が弁当を上手に袋に入れられず、お客さんに叱られたことがあったそう。そのとき職員は、利用者の障がいを「言い訳」にしませんでした。「“うちはこういう店ですが、よかったらどうぞ”という姿勢を地域の皆さんに自然と受け入れてもらえるとありがたいですね。同情で買っていただいても長続きしないんです。幸い、いつもおいしくてお得だね!って来てくださる方が多く、お互いが笑顔になれる出会いに感謝しています」と山口さんは話します。
山口さんの願いは障がい者理解よりも、「町のふつうのお弁当屋さん」として地域に愛されること。ベトナム語で「ありがとう」、英語で「おいで」を意味する店名「カムオン」には、そんな思いが込められています。
「ここで働いてみたいと電話を一本入れることも、利用者にとっては大きな勇気がいるんです。一歩踏み出そうとする人の思いには何としても応えたい。“生きることに精いっぱいで、ここがなくなったら困る”という人が笑える場所、いつでも戻ってこられる場所を守りたいんです」と山口さんは微笑みます。
できたての総菜を楽しみに、近所の主婦や赤ちゃん連れの父親、若者、仕事の合間に立ち寄った配送ドライバーなど、さまざまな顔ぶれがいつも列をつくっています。
Cam-on
所在地/福岡市早良区高取2-13-1 大産高取マンション1階
TEL/092-985-6080
営業時間/11:00〜15:00(なくなり次第終了)
定休日/土日・祝日
▶公式サイト