「石炭と鉄道のまち直方」 郷土の歩みを伝えるジオラマと機関車

昭和40年代後半の直方駅構内を再現したジオラマ

記事 INDEX

  • 鉄道文化を次の世代に
  • 古き良き昭和の情景…
  • ピカピカのSLに歓声!

 部屋いっぱいに広がる鉄道ジオラマに圧倒された。福岡県直方市の町外れにある住宅街の一角。NPO法人「汽車倶楽部」が運営する模型館には、昭和40年代後半の直方駅周辺の様子がリアルに再現されている。

鉄道文化を次の世代に

 汽車倶楽部の敷地には、保管・整備された蒸気機関車(SL)など計5両が展示されている。さながら鉄道博物館のようで、鉄道ファン垂涎(すいぜん)のスポットとしても知られる。


敷地には保管・整備されたSLなどの車両が並ぶ


 鉄道愛好家が1999年に設立し、2016年にNPO法人となった汽車倶楽部。鉄道文化の保存活動に取り組み、会員は全国に約100人を数える。これまで直方市や中間市、芦屋町など県内で保存されていたSL9両の修復や保存にも携わった。


修復作業が進むSL


 ジオラマの舞台は、SLが直方市から姿を消そうとしていた半世紀前だ。約40平方メートルのジオラマに敷かれたレールの長さは、本線だけで150メートルにもなる。模型館店長を務める北野俊雄さん(53)は「これだけの規模で、細部まで精巧に表現したものは、全国でもなかなか見られないのでは」と胸を張る。


本線だけでも150メートルにおよぶジオラマ


 20年ほど前、大工でもあった前の店長が、原寸の80分の1の大きさで復元した。昔の様子を知る関係者に意見を求めたり、古い写真から鉄塔の高さを推測したりして、2年かけて作り上げたそうだ。


室内の照明を落とすと夜の情景に


 ジオラマを前にして、まず目に飛び込んでくるのは、洋風建築の面影を残す直方駅の駅舎だ。”直方の顔”として、1世紀にわたり親しまれた。その旧駅舎の車寄せ(玄関)は現在、新しいJR直方駅前に移築・復元されている。


ジオラマで再現されたかつての直方駅舎(上)と、新しい駅前に移築・復元された車寄せ


 精巧に作られた駅舎の模型のそばには、交通の要衝・鳥栖駅(佐賀県鳥栖市)などと並んで、国内最大級の規模だったという扇形機関庫がある。半円形に広がる機関庫からは23もの線路が延びている。


扇形機関庫のジオラマ


 細部へのこだわりは、SLから舞い散る黒い鉄粉の痕跡、垂れた油が黒く染めた枕木の様子などにもおよぶ。線路の敷石に用いる砂もジオラマの”世界観”を損ねることがないよう、忠実な縮尺で再現することを目指した。


黒い鉄粉や油の跡、敷石の大きさにもこだわった


 駅構内の建物に取り付けられたエアコンの室外機の周囲には、風雨による汚れ、しみ、すすけた壁の具合までもがしっかりと描かれている。あまりにリアルすぎて、つい見落としてしまいそうになるが、細やかな表現に思わずうなってしまう。


数ミリの室外機や周囲の汚れも細かく表現


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古き良き昭和の情景…

 模型の直方駅構内では、石炭車を引いたSLや、ブルートレインを先導したディーゼル機関車に交じり、福北ゆたか線で現在も活躍中の車両がホームに止まっていた。


現在の福北ゆたか線の車両がジオラマ内に


 この車両は、豊前市に住む鉄道ファンが1年かけて仕上げた労作とのことだ。ホームで列車を待つ身長2センチほどの”通勤客”のそばを「サー」という軽快な音とともに走り抜けていく。


上半身裸や、歯磨きをする人の姿も


 目を凝らすと、SLのそばで働く人の様子も精巧にできていることに気づく。夜勤明けなのだろうか、歯磨きをしていたり、上半身裸になっていたり。やや離れた場所には、レール際でカメラを構える人の姿もある。


鉄道ファンだろうか


 それぞれにストーリー性を感じさせる個性的な面々。直方の鉄道の歴史が凝縮されたようなジオラマを見ながら、北野さんと交わす幼少期の思い出話が膨らんだ。


 北野さんが遠い日を振り返る。幼い頃、立ち入り禁止の機関庫などで職員に見つかると大声でどなられた。それでもSLの絵を描いたり、写真を撮ったりしようとする子どもたちに、「この場所ならいいよ」「ちょっと乗ってみな」などと声をかけてくれることもあったそうだ。「今では考えられないけれど、おおらかな時代でした」


夜の雰囲気の直方駅のジオラマ


 「そうした人情味あふれる、古き良き昭和の情景を、まるごと表現したかったのでしょう」。北野さんはジオラマに向ける目を細めた。


「それぞれが抱く古里をイメージして車両を走らせてほしい」


 列車が走るコースは五つある。自作の車両を持参して幅16.5ミリのレールを走らせるレンタルコースがファンに好評で、休日には関西や中国・四国地方から仲間とやって来る人もいるという。1時間5000円で貸し切りにでき、なかには開店から閉店まで自慢の車両を走らせる人もいるそうだ。


 入館は無料。子どもの頃に欲しかったけれど、かなわなかった――。そんな甘酸っぱい思い出を胸に、本物そっくりのミニチュア列車を羨望のまなざしで見つめる大人の姿もあるという。


ピカピカのSLに歓声!

 汽車倶楽部の敷地には、かつて石炭輸送で活躍した「9600形」など2両のSLも展示している。ほかに、熊本地震で被災したこともあり、熊本県高森町での維持管理が困難になった「C12形」など3両があり、修復作業が進められている。


修復作業が進むC12形などのSL


 「石炭と鉄道のまち直方」をテーマに郷土の歴史を知ってもらおうと、汽車倶楽部では8年ほど前から、地元の小学生らの社会科見学を受け入れている。これまでに延べ4800人を超え、今年も10、11月だけで市内11校の児童が訪れる予定だ。


児童たちはSLの機関室に入って見学できる


 見学に訪れた児童たちがまず対面するのは、ピカピカに磨き上げられたSL。ゆっくりとシャッターが上がり、黒光りする巨体が姿を現すと「こんなにでっかい機関車がほんとうに走っていたんだ」と驚きの声が響くという。


シャッターが開くと巨大なSLが目の前に


 運行時刻の予定表が掲げられ、様々な器具が所狭しと配置されている運転席では、ブレーキをかけるレバーを操作することもできる。


ブレーキレバーも動かすことができる


 レバーを引くと圧縮された空気が漏れ、「プシュー」という音が響く。児童らは、初めて耳にするその音に「ギャー」と驚くそうだ。


機関室にある石炭


 「昔はここに2人で乗り、石炭を運び入れて、汗だくで仕事をしていたんだよ」。市によると、戦前は日本最大の石炭貨物取扱量を誇ったという直方。NPO法人理事長の江口一紀さん(62)は、石炭の輸送基地として栄えた郷土の歩みに興味を持ち、「もっと知りたいという気持ちを抱いてほしい」と思いを語る。


車庫内で保管されるSL


 「汽車があった、あの場所楽しかったね」。そんな記憶だけでもいい。「自分たちの古里の歴史に、いつか小さな誇りを感じてもらえたら」。江口さんたちの願いだ。


往時の直方駅(上、NPO法人汽車倶楽部提供)と現在の様子


 10月14日は鉄道の日――。1872年10月14日に新橋―横浜間に日本で最初の鉄道が開通したことを受けて定められた。今年は、記念日の制定から30周年になる。



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