福岡市で行政主体のアートプロジェクト 街とアートをつなげる仕掛け人に聞く

街なかを彩るアート作品(優秀賞「F-CITY」:Marumiyan)

 「天神ビッグバン」などにより大規模な再開発が進む福岡市の中心部で、ビル建設現場の仮囲いや建物壁面にアート作品を展示し、街なかを彩る「福岡ウォールアートプロジェクト」が行われています。作品を選ぶ審査員の一人で、福岡のアートシーンに第一線でかかわってきた宮本初音さんに「福岡とアート」について話を聞きました。


宮本初音さん

1962年生まれ。80年代から作品制作と展覧会の企画を始め、福岡市を拠点に街なかのアートプロジェクト、アーティスト交流事業などに取り組んでいる。これまで「ミュージアム・シティ・天神」「別府現代芸術フェスティバル2009」など多くのイベントに携わってきた。

屋外型美術展の視点

 プロジェクトは、コロナ禍で発表の場が減ったアーティストを支援する福岡市主体の事業。福岡ゆかりの作家の作品を募り、応募83点から優秀賞・入賞30点を選んで、アートフェアで販売する機会を設けました。作品募集は8月10日から、9月10日には審査結果を発表し、9月15~28日にアートフェアを開催しました。来春にかけて、優れた作品を街なかに展示します。

 福岡市の担当者から企画の説明を受けた際、「この日程で本当にやるんですか?」と確認したほどスケジュールが過密で、無事に開催できるか懸念していたという宮本さん。しかし、発表の場を求めていたアーティストと行政の熱意が大きなエネルギーとなり、プロジェクトを前に進めていきました。


多くのアートイベントに携わってきた宮本さん

 「結果、やっちゃいましたもんね。行政もアートフェア側も作家も同じ勢いを持って動いた。みんなの期待を感じましたね。コロナの反動もありますが、これをやれるところが福岡なんだなと思いました」。開催までの流れをそう振り返ります。

 街なかに展示する作品の審査で、意識するポイントはどこだったのでしょうか。

 「景観に埋もれまいとインパクトで勝負すると、表現は危うくなります。面白いんだけど、通りすがりの人が嫌な気持ちになりそうなものはダメかなと思いました。ほとんどの人は立ち止まらずに作品を目にするので、動く視点の中で面白く見えるもの、特に、遠くからと接近した時とで見え方が違うものに注目しました」


優秀賞に選ばれた5作品(Fukuoka Wall Art Project公式サイトより)


優秀賞の「光」(佐野直)は点描で表現されている

 選ばれた作品を見ると、時間帯や眺める場所によって表情が変わるものが目立ちます。周囲の雰囲気に干渉されない存在感があり、日常とは異なる世界の扉が開かれているようです。


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「福岡」×「アート」

 学生の頃から作家活動をしながら、展覧会も企画していたという宮本さん。1980年代、福岡市・天神に次々と誕生した商業施設では若いアーティストを起用したアートイベントが盛んに開かれ、宮本さんもたびたび声をかけられました。

 「それまでは、みんなでお金を出し合って展覧会を開いていたから、当時のアーティストは商業施設に作品を展示することに抵抗がありました。『彼らにお金を出してもらうなんて作家じゃない!』って。けれど、施設側と話してみると作家への関心やリスペクトがあることが分かるし、少なからず報酬も出る。なにより、普段は美術館に来ない親戚や友人から大きな反響があって、伝わっている実感が湧くんです」


入賞「鏡」:銀ソーダ

 観客の反応を感じると、アーティストの意識にも徐々に変化が表れるといいます。これまで宮本さんが携わったアートイベントの記録には、誕生したばかりの「ソラリアプラザ」や「イムズ」「JR博多シティ」での様子が。代謝を繰り返す街をまるごとキャンバスにした、アーティストたちの鮮やかな提案を追うことができます。

 宮本さんは「街の性質にアートが交わるとその場所ならではの展示が生まれる」と話し、かつて北九州市の製鉄所などで行われた「国際鉄鋼彫刻シンポジウム」、福岡県久留米市の寺町を舞台にした街歩き型アートイベントを例に挙げます。

 「福岡は『商業都市』。そこで発表するのも、やはり福岡らしいことなのかなと思います」と語るのは、旺盛な消費でにぎわう街のど真ん中にアートを放つ「効き目」と「意義」を心得てきたからだと感じました。


入賞「ここからまたはじめよう!/Let's get started again! From here now.」:本多 孝男

 受け取る反応に特徴はあるのでしょうか。

 「福岡の人は基本的に『新しい』『見たことない』ものが好きですよね。加えて『親しみやすさ』がないと受け入れられない土地柄だと思います。『東京や海外で評価された』という情報があれば耳には一応入れるけど、それだけじゃなく自分の価値観を求めてみたがる。おそらく飲食や音楽もそうなんですが、"自分好み"を探す街なんだと思います」

 では、そんな福岡でお墨付きをもらえば全国でも活躍できるのでしょうか。

 「九州には気鋭の作家が潜在している印象があるようで、東京や大阪からギャラリーのオーナーが訪れます。彼らの後ろ盾を得て、全国に広まるというケースはあります。地元での活動だけだと作品はステップアップしません。技術やバックグラウンドを持つ大都市の作家と比べられる機会があってこそ表現が磨かれると思うんです」


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人の目に触れる場を

 街とアートを融合する数々の場面をつくりだしてきた宮本さん。そのバランスの背景にあるものはなんでしょうか。

 「私自身が80年代半ばに制作した作品も空間構成が多かったんです。いつもの状態から『変化』するさまが好きなんだと思います。同じものは飽きるんですよね。災害やパンデミックが起こると、その影響はアート表現にも顕著にあらわれます。もとは作家個人の反応なんだけど、それがすごく普遍性を持ったりする。そういうところが好きなんです」

 展示の場をつくり続ける理由もあります。

 「例えばゴッホのように、どんなに死後もてはやされても、『作家としてどうなの?』という思いがあります。できればみんな、生きてるうちに報われてほしい。作ったものを通してリアクションが返るようにしたいんです」


アートプロジェクトの広がりに期待する宮本さん

 コロナ禍に開いた展示会は、来場者が少なくても、無観客やオンラインでの開催とはまったく雰囲気が異なり、人目に触れることの大切さを改めて実感したそうです。

 「アートは、変化の兆し、未来を見るものだと思います。福岡市主催のアートプロジェクトがこれからも続き、『うちの壁、使っていいよ!』っていう企業も増えてくれれば」と今後の展開に期待を寄せます。

 プロジェクトを進める福岡市文化振興課には「作品を応募できてよかった」「行政が一緒になって街を盛り上げてくれてうれしい」といった声が寄せられているそう。担当者は「来年度以降も事業を継続できるように取り組みたい」と話しています。


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