工藤会本部事務所の跡地に見えてきた「希望のまち」
折を見て定点観測をしている場所がある。北九州市小倉北区の特定危険指定暴力団工藤会の旧本部事務所跡地もその一つ。撮影した写真一枚一枚の記録の積み重ねが、ストーリーを紡ぎ出す時がいつか訪れるかもしれないと思うからだ。
想像もできなった光景
残暑厳しい9月半ば、北九州市での取材の終わりに足を延ばしてみた。目にしたのは、驚きの光景だった。跡地には花が咲き、芝生のそばにベンチが置かれている。そこには、かつて想像もできなかった"平穏"な時間が流れていた。
工藤会が関係する事件や暴追運動、組織壊滅を目指す福岡県警による捜査、建物の解体――。10年以上前から、その節目に敷地の外から事務所を撮影してきた。天を突き刺す槍(やり)のような物々しいゲート、要塞(ようさい)を思わせる威圧感のある建造物。仕事とはいえ、近付いてカメラを向けるのは気の重いことだった。
その跡地の所有権は、工藤会側から福岡県暴力追放運動推進センターを経て、民間企業へ。そして2020年、生活困窮者の支援などに取り組む北九州市のNPO法人「抱樸(ほうぼく)」(奥田知志理事長)が購入し、寄付金などで代金を返済した。
地域交流と福祉の拠点に
抱樸が進める「希望のまちプロジェクト」は、地域交流と福祉の拠点づくり。2024年秋の開所を目指す中核施設は、1階をホールや子ども食堂など誰もが利用できる空間にし、総合的な相談窓口も設ける。2、3階は、生活保護受給者や障害者らが安心して暮らせる救護施設を計画している。
ただ着工まで半年あり、完成は2年以上先になる。「空き地のままにしておくのはもったいない。公園のようにほっこりできる、みんなの庭をつくろう」。抱樸は毎週火曜を中心に、コーヒーなどを飲みながら語り合う「にわカフェ」や「青空マルシェ」など様々なイベントを企画し、地域との交流を深めている。
9月末には北九州市立大の学生が先生役を務め、手話を使いながら「上を向いて歩こう」を歌ったり、おしゃべりを楽しんだりする催しがあった。地域住民や耳が不自由な人ら12人がプレハブ小屋に集まり、笑顔あふれる時間をともに過ごした。
プレハブ小屋は「SUBACO(すばこ)」と名付けられている。個性いっぱいの顔、羽を休める鳥――。何事にも縛られない自由な世界を想像させる外壁の絵は、活動拠点を北九州に移したイラストレーター・黒田征太郎さんが子どもたちと描いた。
この地の希望あふれる未来図なのだろうか――。以前は"灰色"の景色が広がっていた小屋の前に立ち、豊かな色で伸び伸びと描かれた壁の絵を穏やかな気持ちで眺めた。