「古民家×生け花×カフェ」 福津市の不思議空間で心華やぐ一杯を

古民家を活用したカフェ「エカボ」で生け花を披露する江口さん(右)

記事 INDEX

  • 花の魅力を伝えたい
  • 目の前で即興アート
  • お化けが隠れてる?

 昔ながらの町並みが残る福岡県福津市津屋崎千軒の古民家に、今夏オープンした生け花カフェ「Ekadbo(エカボ)」が話題だ。華道家で店長の江口健一さん(40)が、オーダーした客の雰囲気から受けるインスピレーションをもとに、目の前で創作した生け花とセットで提供するドリンクが、早くも店の”顔”となり人気を集めている。

花の魅力を伝えたい

 カフェのある津屋崎千軒は江戸時代に海上交易と塩田で栄え、「千軒の民家がひしめく」と言われた地域だ。


海上交易などで繁栄した名残をとどめる津屋崎千軒


 そばには「かがみの海」などで、インスタ映えスポットとして知られるようになった津屋崎海岸もある。


遠浅の津屋崎の海岸から夕日を望む


 店舗は、市に寄贈された築97年の古民家を改修したもの。一帯のにぎわいを取り戻すことを目的に2010年に始まったチャレンジショップの一環で、1か月3万円ほどの格安な賃料で貸し出されている。


築97年の古民家で運営されるエカボ


 一風変わった「生け花カフェ」を切り盛りする江口さんは、父親の影響を受けて3歳から華道を始めた。これまで美容師やアパレル関係の仕事に携わっていたが、父親が亡くなったのを機に再び華道の世界に入り、草月流を学んで師範になった。


流木を使った生け花を背に、花の魅力を語る江口さん


 コロナ禍では、結婚式場やホテルなどで生け花の需要が減り、厳しい状態が続いた。そんな中、大分県の古民家で生け花の個展を開く機会が巡ってきた。


昔ながらの雰囲気が残る店内


 「花は自然がつくり出す唯一無二の存在。決して同じものはない」。自分が出会った花々を最大限に美しく見せるには、日本文化が色濃く漂う古民家こそがふさわしい場だと思った。


床の間には流木を使った生け花の作品が飾られている


 一方で、普段から生け花に触れる人は限られることもあり、あまり縁のない世界というイメージも持たれている。落ち込んだ気持ちを癒やし、元気を与えてくれる花。気軽に立ち寄れるカフェなら花の魅力を伝えられるのでは――と思い立ったという。


「花は落ち込んだときに元気をくれます」


 古民家カフェと華道を掛け合わせたら、きっと面白い場所になるはず。カフェを開ける古民家を探していたところ、福津市が古民家で取り組んでいるチャレンジショップを知り、「これだ!」と応募した。


エカボ(右)など周辺には古い建物が並ぶ


 市によると、決め手は「生け花」「カフェ」というキーワードと、古民家の雰囲気がマッチしているという点。江口さんの提案は6~7倍の関門をくぐり抜け、出店の機会を得ることができた。


建築当時の雰囲気を最大限に生かしてリフォームされている


目の前で即興アート


 玄関を入ると昔ながらの土間が奥へと続く店内。ドライフラワーなどの花々と、近くの津屋崎海岸などで拾った流木を組み合わせて作ったシャンデリアが、柔らかい光で室内を照らしていた。


流木やドライフラワーを使ったシャンデリアが店内を照らす


 流木を使い、生け花と組み合わせて表現するのも江口さんのスタイルだ。


 流れてくるうちに、虫に食われたり、削られたりしてこの世に一つだけの存在となった流木。たまたま海岸で巡り会えたのも何かの縁。流木が引き立て役となって、様々な花の魅力的な表情を引き出してくれると話す。


流木を使った生け花の作品


 店一番の人気メニューは「いけばなアートドリンク」(1000円)だ。長い華道歴で培われた江口さんのセンスで、その人が醸し出す雰囲気を感じ取って、即興でつくり上げる。完成後は、どういう意図でその花を使い、全体の構成を組み立てたのか、その背景を説明する。


いけばなアートドリンクに使う花を鉢から選び取る江口さん


 平日の午後、ボランティア仲間と2人で市内から訪れた介護職の竹中美雪さんも、いけばなアートドリンクを注文した。


客の前で、いけばなアートドリンクをつくり上げる江口さん


 目の前で自分だけのために花を生けてもらうのは初めてという竹中さん。興味深そうに、江口さんの手の動きや、花の組み立て方を見つめていた。


江口さんの説明に熱心に聞き入る竹中さん(左)


 5分後、できあがった作品を前に、江口さんがその背景を説明する。「明るい笑顔が印象的だった」ので、ヒマワリを軸にした。友人との会話を聞きながら、「繊細さを感じた」ので、心の細やかさを小さな青い花に託した。大きな葉は、彼女のおおらかに包み込むようなイメージを表現した、とのことだった。


古民家の落ち着いた雰囲気の中、会話が進む


 「なんだか不思議な感じ。あー、そんなふうに見られているんだなぁと思った」と竹中さん。「確かに、これを人に言ったら傷つくかな?とすぐ不安になる、びびりな性格。初見なのに、よく観察していますね」とうなずきながら聞き入っていた。


いけばなアートドリンクと一緒に記念撮影


 できあがった生け花と一緒に、ヒマワリのような満面の笑みで記念撮影した竹中さん。「驚きもあり楽しかった」と満足そうに店を後にした。


お化けが隠れてる?

 このメニュー、紹介や口コミで評判となり、2回、3回と注文するリピーターも多いそうだ。


リピーターも多いそうだ


 コストは花代が半分以上を占め、ほぼ利益が出ないとのこと。直感を頼りに生けるので、花代がかさんでしまい、赤字になることもあるそうだ。「お客さんを喜ばせたいので、つい大きな花で表現してしまい…… あとで妻には叱られますが」


 帰り際、ちょっと不思議な「Ekadbo」という店名について聞いてみた。「kado(華道)」の文字が隠れ、反対から読むと「obake(お化け)」も潜んでいる。


店の入り口。お化けが逆さまに


 実は、霊感がひときわ強いという江口さん。娯楽的な要素を織り込んだ「店主の気まぐれ霊視鑑定」(1500円)も隠れメニューのように存在する。「実は、こちらの方が人気があるんです」とも。


2階にある市松人形


 華道に、霊感に、話を聞けば聞くほど江口さんの世界観に引き込まれていく。気がつけば、6時間ほど店にとどまり、閉店の時刻を過ぎていた。お化けのように不思議なカフェだった。


壁時計の表面に、客から店の感想を聞く江口さんの姿が映っていた



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