小学校教諭から「星空の学芸員」に 福岡市科学館の丹野佳代子さんに聞いた

 福岡市科学館(福岡市中央区)のプラネタリウム「ドームシアター」のリーダーを務める丹野佳代子さんは、豊富な知識と分かりやすい解説が評判です。その解説を聴く人たちが見上げる天空には、丹野さんの名前が付いた小惑星「tannokayo」が浮かんでいます。星が好きで、小学校教諭から学芸員に転身した丹野さんに、これまでの経緯や現在の仕事について話してもらいました。


丹野佳代子さん

佐賀市出身。1989年に小学校教諭として佐賀県教委に採用。2002~2006年、佐賀県立宇宙科学館でプラネタリウムや展示の企画などを担当。教育現場に戻った後、2010年から再び宇宙科学館に勤務し、2013年に学芸員の資格を取得した。2017年から現職。


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小学校教諭の経験を生かして


中央に投映機が置かれた福岡市科学館のドームシアター

――現在の仕事について教えてください。

 主に星空や宇宙の解説ですね。みなさんと接する機会としては、プラネタリウムの上映やイベントの際に客席の後方で解説をしています。ほかには、投影する番組の制作や監修を行い、私を含めて7人いる解説スタッフの取りまとめ役でもあります。

――番組も制作しているのですか?

 プラネタリウムで投影されている番組は、全国に配給されるものだけでなく、施設オリジナルのものもあります。シナリオを考えたり編集ソフトを使ったりして、自分で作るんですよ。

――解説をする際に気をつけていることは?

 お客さんの様子を見ながら話し、小さい子どもがいるときは平易な言葉を使うようにしています。小学校のカリキュラムもよく知っているので、その学年に合わせて、言葉や説明の内容を変えることもあります。小学校の先生をしていた経験が生かせていると思います。


普段は客席後方で機材を調整しながら解説を行う


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「星に願いを」が本当にかなった

――学芸員になるきっかけは?

 佐賀県立宇宙科学館を設立するとき、県のプロジェクトメンバーの一員になったことがきっかけです。小学生の頃に天体望遠鏡を買ってもらって月に夢中になり、大学の卒業研究で天文分野をテーマにしたので、声がかかったのだと思います。学校に勤め始めて4年目のことでした。展示の参考にするため、首都圏や関西などのプラネタリウムを視察し、どんなプログラムや講座を行っているのかを調べました。

――佐賀県立宇宙科学館にも勤務したそうですね。

 宇宙科学館は1999年にオープンし、私は2002年から勤めました。当時は学芸員の資格を持っておらず、指導主事としてプラネタリウムや展示の企画を考えたり、天体観測の解説をしたりしていました。


教諭時代を振り返る丹野さん

――丹野さんの名前が付いた小惑星があると聞きました。

 宇宙科学館の設立に携わり、その後も星の解説やプラネタリウムの番組企画などで宇宙科学教育の普及に貢献したと認めていただき、天文学者の古川麒一郎先生たちが推薦してくれました。「あの人頑張っているから」と思っていただけたようです。

――長い間の目標だった?

 目標というか、夢のひとつでした。でも、ストレートに口に出すのはちょっと恥ずかしかったので、自己紹介のときはいつも「小惑星に名前を付けられるように頑張ります」という感じで、ちゃかしたように言っていましたね。

――命名の知らせを聞いたときは?

 うれしかったです。それが使命感になり、自分の進む道を決めるきっかけになりました。命名された2008年は学校現場に戻り、宇宙や星空とは遠い場所にいました。少し「燃え尽き症候群」のような状態でしたが、このことで「星空に携わる仕事を続けたい」って思えました。


宇宙科学館での勤務後は、教諭に復帰していた(丹野さん提供)

――小学校も大騒ぎになったのでは?

 「それはすごいことなの?」って、ピンときていない感じでしたね(笑)。「星に願いを」っていう言葉があるでしょ。私は子どもたちに、「お星様が願いをかなえてくれるんじゃなくて、願い事は口に出して誰かに聞いてもらわないとかなわないよ」と教えていたので、私自身がひとつの例として子どもたちの手本になれたことは本当に良かったと思っています。


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