すぐそばに広がる異世界 福岡市東区・奈多海岸の絶景が話題
記事 INDEX
- SNSで一気に脚光!
- 「まるで火星みたい」
- 長い歴史が眠る場所
「福岡のグランドキャニオン」「まるで『猿の惑星』のエンディング」――。福岡市東区の奈多海岸で見られる不思議な光景が注目を集めている。JR香椎線の雁ノ巣駅から砂防林を挟んで北に直線で500メートルほど。玄界灘に面した海岸に、圧巻の情景が広がっている。
SNSで一気に脚光!
ここは志賀島と本土をつなぐ海の中道の砂州にある「奈多砂丘」で、「奈多断層」「雁ノ巣砂丘」とも呼ばれる。
志賀島の潮見公園展望台にのぼると、海を区切るかのように砂州が続き、右手に博多湾、左手に玄界灘が見渡せた。海岸線の先に、自然によって形成された”砂の壁”が望める。
干潮の時間を見計らって訪ねた奈多海岸。まぶしい西日の中、かつての堤防跡などを横目にしながら、砂浜を歩くこと約20分。そこには、玄界灘の荒波と長年の風雨で削られた壁が切り立っていた。
平日の午後にもかかわらず、砂浜では若いカップルらが絶景を背に写真撮影を楽しんでいる。硬い岩盤のように見える茶色の壁に触れると、さらさらと砂の粒子が崩れ落ちた。
水族館「マリンワールド海の中道」の前館長で、35年ほど前に近くに移り住んだという高田浩二さん(70)に話を聞いた。この独特な造形の海岸は、地元住民のほかサーファーや釣り人には以前からよく知られた存在だという。
ところが最近、インスタグラムをはじめとするSNSで、砂の断崖と夕日の写真が脚光を浴び、若者たちが続々と訪れるようになったそうだ。「地元の人には見慣れた風景ですが、SNSで一気に注目度が上がりましたね」
「まるで火星みたい」
西日を浴びてオレンジ色に染まる砂の壁。SNSでは「まるで火星みたい」という言葉も見られる海岸には、二つの意外な“顔”があるようだ。
マリンワールドによると、奈多海岸はアカウミガメの産卵地の北限に近いとされ、2003年には約100個の卵が確認された。11年夏には、孵化(ふか)した赤ちゃんたちが海を目指す姿も見られたという。
もう一つの顔は、奈多砂丘B遺跡と呼ばれる遺構が眠っていることだ。福岡市博物館によると、この砂丘から約2万年前の石器や約1800年前の土器などが見つかっている。日本の遺跡の多くは地中にあるが、ここは一部が地上に露出し、そのままの姿を観察できる珍しい場所だという。
確認されたのは、主に弥生時代に使われていた甕(かめ)や壺(つぼ)、鉢など。タコ壺も見つかっており、農耕に向かない砂浜で、人々が漁労を中心に暮らしていたことが分かるという。
長い歴史が眠る場所
ひょっとしたら土器の破片を見つけられるかも――。淡い期待を抱きながら、海岸線を歩いたが、それらしきものはない。流木を杖(つえ)の代わりに砂浜を散歩していた年配の女性に声をかけると、「以前はよく見つけたけど、最近は見なくなりましたね」と教えてくれた。
もし見つけても持ち帰ると遺失物法違反に、掘ると文化財保護法違反になる恐れがあり、博物館は注意を呼びかけている。
遺跡周辺では、槍(やり)の先に取り付ける旧石器時代の狩猟道具も見つかった。そうした遺物から、海の中道の北側には草原が広がっていたと考えられるそうだ。
まさにこの場所に、数万年前の営みがあった。はるか昔の人たちも、押し寄せては消える波のうねりを見つめ、潮風の調べを聞いていたのだろう。
たとえわずかな時間でも、遠い昔にタイムスリップして人々の暮らしを写真に撮れたなら――。悠久の歴史を見つめてきた海岸に腰を下ろし、空想の旅に心躍らせた。