玉虫の羽で輝く馬の装飾具が古賀市で出土 だれが?なぜ?膨らむ歴史ロマン

玉虫の羽が確認された馬具の飾り金具(右)と復元品

 福岡県古賀市の国史跡・船原古墳(6世紀末~7世紀初頭)で、玉虫の羽の装飾を施した馬具が出土したと、古賀市教育委員会が発表しました。玉虫装飾は朝鮮半島・新羅の最高級の工芸技法で、日本で確認されたのは奈良・法隆寺の玉虫厨子(7世紀・国宝)などごくわずか。馬具は初めてで、「国宝級の発見」と盛り上がっています。

市教委職員「もしかして玉虫?」

 確認されたのは、馬の胸や尻を飾るペンダント状の飾り「杏葉(ぎょうよう)」です。馬具の研究を専門とする古賀市教委文化課の西幸子さんによると、船原古墳の1号土坑で、2013年3月に見つかりました。


馬具を専門に研究している西さん

 顕微鏡で慎重に観察しながら、付着している土や石を取り除いていきました。ハート形の杏葉(残存する長さ10.4センチ、幅10.2センチ、厚さ0.7センチ)が姿を現したのは、出土から5年がたった2018年のことです。

 報告書に必要な実測図を描くため、詳細に観察していた市教委職員が「もしかして玉虫が使われているのでは?」と気づきます。それが大発見の"始まり"でした。


古賀市の船原古墳から出土した馬具


昆虫の専門家が玉虫の羽と確認

 昆虫の専門家5人に確認を依頼すると、羽の特徴から、やはり玉虫であることが明らかになりました。小郡市の九州歴史資料館でコンピューター断層撮影法(CT)を用いて調べたところ、約20枚の羽が使われていることも分かりました。


昆虫の専門家によって玉虫の羽と確認された


 玉虫装飾の馬具は、新羅の首都があった韓国・慶州の位が高い人物の墓5か所で見つかっていますが、日本では初めての発見になりました。今津節生・奈良大教授は「日本の玄関口だった博多湾に近い古賀で見つかったことは、この地の重要性、国際性を如実に物語る証拠」と高く評価しています。


本物の玉虫の羽を用いた復元品


 いくつかの謎は残ったままです。朝鮮半島から持ち込まれたのか、それとも日本で作られたのか。どんな人物が持っていたのか。玉虫の種類もまだ分かっていません。


記者会見で馬具について解説する西さん(右奥)

 西さんは、この馬具を持っていた人物、つまり船原古墳に埋葬された人物について「朝鮮半島と強いつながりがあったのではないか」と推測しています。「玉虫の種類が特定できれば、生息地が分かります。それが、馬具がどこで作られたかを考えるヒントになるかもしれません」

12月20日まで歴史資料館で公開

 1号土坑からはほかにも、轡(くつわ)や鐙(あぶみ)、鞍(くら)、辻金具(つじかなぐ)といった馬具、人が使う武具など600点にのぼる遺物が見つかり、研究が進んでいます。今後、どのような発見があるのか。はるか古代へのロマンと夢が膨らみます。


資料館で公開されている玉虫装飾の馬具


 玉虫装飾の馬具を含む約40点の出土品は、古賀市立歴史資料館で開催中の「国史跡船原古墳展 馬王~それは誰だったのか」で12月20日まで(月曜休館)、公開されています。観覧は無料です。問い合わせは文化課(092-940-2683)へ。


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