モダンな趣、あせない魅力 洋館付き和風住宅に再評価の動き

夫の実家の「洋館付き和風住宅」を紹介する林さん

 伝統的な日本家屋に小さな洋館がくっついた「洋館付き和風住宅」。明治時代に入ってきた西洋文化を一般の住宅にも取り入れようと考案された様式で、大正から昭和初期に流行した。建物の老朽化が進む中、価値を見直し、後世に残そうという動きが出ている。

大正から昭和初期に流行

 2月下旬、北九州市戸畑区にある洋館付き和風住宅。瓦ぶき2階建ての日本家屋の玄関横に、黄土色のモルタル壁と大きな縦長の窓が特徴的な洋館が立っていた。

 「モダンでオシャレでしょう」。地元の郷土史会で活動する薬剤師の林晴美さん(62)が案内してくれた。昭和初期に建てられたとみられる住宅は林さんの夫の実家で、地元の鉄工所経営者から義父が購入。8畳ほどの洋館は応接間として使われていたという。約3年前から空き家になっていたが、傷んだ床の張り替えや壁の塗り替えなど外観の雰囲気を残しながら改修し、現在はおい夫婦が暮らす。

 周辺には他にも6軒の洋館付き和風住宅が残る。林さんは「壁の装飾や窓の形式などから当時の人たちが趣向を凝らして造ったことが分かる。その価値を見直し、時代背景も知ってほしい」と話す。

 同区には、石炭関連企業を興した安川財閥の「旧松本邸」や「旧安川邸」があり、明治から昭和初期に造られた和風の邸宅と洋館からなる。大分大の鈴木義弘教授(故人)の研究室が2012~13年に同市で行った調査では、約100軒の洋館付き和風住宅が確認され、石炭や鉄鋼、海運業などで財を成した人たちが昭和初期に建てたとみられるものが多かった。

歴史的価値と技を伝える


登録有形文化財の「堤家住宅主屋」。右が洋館部分 =人吉市提供

 熊本県人吉市の「堤家住宅主屋(おもや)」は25年、国の登録有形文化財になった。球磨川を望む広い縁側や、漆塗りの床の間を備えた座敷などがある木造平屋住宅の玄関横に、青緑色の屋根と、「ドイツ壁」と呼ばれるモルタルを吹き付けた凹凸の壁の洋館が付く。

 昭和初期に地元の開業医が所有していた建物で、同市の繊月酒造の初代社長・堤治助さんが1940年に別宅として買い取り、代々受け継いできた。2020年の九州豪雨で床上浸水などの被害が出たが、専門家らの助言を受け、5年かけて修復した。4代目社長の堤純子さん(52)は「城下町の風情を残す建築物。歴史的価値を生かせるよう活用していきたい」と語る。


「となりのトトロ」に出てきそうな住宅

 福岡県広川町には、アニメ映画「となりのトトロ」に登場する「サツキとメイの家」を思わせる赤屋根の洋館付き住宅が立つ。古い建物が好きな会社員の稲冨裕章さん(45)が、同県柳川市の工務店「バウビオジャパン」に相談し、21年に新築した。

 和風住宅部分は入母屋(いりもや)造りや鎧壁(よろいかべ)、洋館部分にはドイツ壁といった伝統的な工法を取り入れた。ドイツ壁は、モルタルを竹のササラを使って掃き付ける手法で、70代の左官職人が昔の記憶も呼び起こしながら、若い職人たちと施工したという。有明海で取れた貝殻で製造した漆喰(しっくい)を塗った壁や、国内外から取り寄せた窓ガラスなど随所にこだわりが見られる。

 同工務店代表の山川秀徳さん(50)は「当時使われていた材料の品質の良さや職人の技術を知る貴重な機会になった。次の時代につなげていければ」と話している。

伝統と西洋 試行錯誤

 神奈川大建築学部の内田青蔵・特任教授(近代建築史)の話
 「日本最古の洋風住宅は幕末に建てられた長崎のグラバー邸で、明治初期には政府高官や財界人など上流階級の間で、和風邸宅と洋館を併設する形が流行した。明治30年代になると、知識人など中流層が上流階級を模倣し、和風住宅の玄関脇に洋館を設ける動きが広がり、一種のステータスになった。洋館付き和風住宅からは、伝統的な生活の中に西洋の新しい文化をどう取り入れるか、試行錯誤していた時代背景が感じられる。建物の修理を通して当時の職人たちの技を学ぶこともできる」


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