新たな成長へテイクオフ! 運航開始20年のスターフライヤー

北九州空港を離陸するスターフライヤーの機体

記事 INDEX

  • 部署横断で即対応
  • 顧客満足度で勝負
  • 国際定期便を再開
  • 町田修社長に聞く

 北九州空港(北九州市)を拠点とする航空会社のスターフライヤーが運航を始めて3月16日で20年を迎えた。漆黒の機体に象徴される個性でこれまでに2300万人以上を運び、北部九州の翼として存在感を放ち続けている。直近では円安によるコスト増が重荷となっているが、今秋には6年ぶりに国際線定期便を再開し、収益の向上を目指す。

部署横断で即対応

 2月中旬の平日午前8時前、北九州空港から羽田空港に向かう機体に搭乗すると、スーツ姿のビジネス客らで8割ほどが埋まっていた。離陸後、ドリンクサービスが始まると、多くの乗客がホットコーヒーなどで一息つき、定刻通りに到着すると足早に次の目的地に向かっていった。

 国土交通省が公表した国内主要10社の旅客数でスターフライヤーは2024年度に約160万人と9番目だったが、定刻での発着という「サービスの基本」ではトップを走る。運航する便が予定時刻の15分以内に到着した割合を示す「定時到着率」は同年度で90%と、10社平均(80%)を大きく上回って首位だった。

 秘密は羽田空港を発着する便を中心に混雑を見越してダイヤに余裕を持たせていることだ。北九州空港では到着便に遅れが出ると、待機している従業員らも次の出発に向けて機内の清掃を手伝うことがある。社員数が750人規模の利点を生かし、部署横断で改善点も共有している。伊藤正樹・オペレーションマネジメントセンター長(64)は「抜きんでた定時性が強みになっている」と胸を張る。



顧客満足度で勝負


 スターフライヤーは02年、神戸空港(神戸市)を拠点とする構想で独立系の航空会社「神戸航空」として創業した。ただ、運用時間に制限が設けられることになった同空港に対し、同時期に建設されていた北九州空港は24時間離着陸可能で、限られた機材で多く飛ばせるのが魅力となり、移転を決めた。TOTOや安川電機といった地場企業も出資で支援した。

 競争の激しい業界への新規参入だったため、「飛び抜けた個性や独創性を前面に出そう」(幹部)と、仕上げたのが漆黒の機体だった。客席にも黒革のシートを採用し、前後の座席間隔は他社より広げた。提供するコーヒーは当初から、タリーズコーヒーと開発した専用ブレンドを使う。



 06年の北九州―羽田線就航後、差別化で利用を増やし、09年度には初の黒字化を果たした。11年には福岡―羽田線に、12年には初の国際定期路線として北九州―韓国・釜山線に就航。競争の激化を受け、同年には当初から共同運航を行ってきた全日本空輸が筆頭株主となり、関係を深めた。


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国際定期便を再開

 最大の危機はコロナ禍だった。国際線の運休や国内線の減便を余儀なくされ、20年度の最終利益は100億円の赤字となった。しかし、ここでも地元が支援した。地場企業などが第三者割当増資や出向社員を受け入れ、22年度には黒字に回復した。



 個性を磨く取り組みは着実に続けている。22年3月にはペットの犬や猫と客席で同乗できる国内の定期便では初のサービスを開始。25年10月には福岡―仙台線に就航し、新幹線と競合しない路線でビジネス客や観光客の移動需要を取り込んでいる。


 今後の「成長市場」と位置づけるのが国際線だ。26年秋には、北九州―台北線の運航再開を予定しており、6年ぶりの国際線定期便となる。今後、東アジアの複数の都市に就航することで、28年度の売上高を24年度比で4割増の600億円規模とする目標を掲げる。

 設立間もない05年入社の湯浅淳一郎・取締役執行役員(56)は「北部九州で育ち、支えてもらって就航20年を迎えられた。今後は創業時に掲げた『東アジアのゲートウェーになる』という目標を体現する時期に入る」と思いを新たにしている。

各社国内線、厳しさ続く
 国内の航空業界は元々、日本航空と全日本空輸(現ANAホールディングス)、東亜国内航空(現日航)の3社だったが、規制緩和で1998年以降、新規参入が相次いだ。同年にはスカイマーク(東京)と北海道国際航空(現エア・ドゥ、札幌市)、2002年にスカイネットアジア航空(現ソラシドエア、宮崎市)、06年にスターフライヤーが就航した。
 いずれも独立系で存在感を示したが、格安航空会社(LCC)との競争の激化などで経営難に陥り、スカイマークは15年に経営破綻。同社を含め多くは全日空の出資を受けるなどして再建した。スカイマークの24年度の旅客数は814万人と国内3位で、スターフライヤーの5倍に上る。
 ただ、各社の国内線事業は新型コロナ禍後、ビジネス客が回復しておらず厳しい状況が続く。円安と原油高も進行し逆風が強まっている。国は25年5月から国内線網の維持に向けた有識者会議を開き、競争と連携のバランスが取れた対応策を検討している。

町田修社長に聞く



<町田 修氏> 1987年東大法卒、全日本空輸入社。財務や国際部門を歩み、スカイネットアジア航空で常務取締役を務めた経験もある。2022年6月から現職。福岡県出身。


 今後の経営戦略などについて、町田修社長(61)に聞いた。


 ――新型コロナ禍を乗り越え、就航20年を迎えた。
 「コロナ禍では、社員を北九州市などの自治体や地場企業に出向という形で受け入れてもらい、北九州市からは9億円強の補助金も受けた。地元の支援があったからこそ続けることができたと深く感謝している」

 ――コロナ禍後の変化は。
 「オンライン会議の浸透などでビジネス客がコロナ禍前の7割程度しか戻っておらず、航空各社はレジャー客をとろうと価格競争が激化している。ただ、週末の朝夕は高単価でも混雑しており、緻密(ちみつ)な需要予測と運賃設定が重要だ。分析の精度を高めている」

 ――足元では円安で運航コストが上がっている。
 「当面、1ドル=150円台の円安水準を覚悟しており、新たに収入を増やすことが必要だ。ただ、国内線は他社や新幹線との競争が厳しい。そこで国際線を再開し、新しい需要を取り込んでいく」

 ――国際線の戦略は。
 「まずは深夜便で始め、今後の展開次第では、機材を増やしてさらなる路線拡大を目指す。北九州や福岡発着で想定した場合、就航先は韓国や香港、中国・上海を念頭に置いて考えている。本業を通じて地域に貢献していく」



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