小倉城の隣・勝山公園(北九州市小倉北区)に出現した特設の芝居小屋で、「平成中村座小倉城公演」を堪能してきました。今回初めて見て大好きになった演目は、昼の部の「神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)」です。 会場には昔の長屋を思わせる店がずらりと並び、江戸時代にタイムトリップした感覚で小倉の秋を楽しんできました。
初めて見た「神霊矢口渡」に夢中
「神霊矢口渡」で筋を引っ張るのは、中村七之助演じるお舟。お舟が住む渡し守(渡し舟の船頭)の家に、新田義峯と恋仲のうてながやってきて、一夜の宿を借りるところから話は始まります。新田義峯とは、南北朝時代の武将・新田義興の弟。この物語は古典の「太平記」を題材としています。
二人が訪れたとき、父・頓兵衛は留守。お舟は返事を渋りますが玄関の戸を開けて、びっくり。そこには美しい男性・義峯が立っていました。一目で恋に落ちてしまったお舟は、二人を招き入れます。
「美しいというか、かわゆらしいといおうか…添うてみたい」
お舟は体全体で、恋する女の情熱と恥じらいを見せます。きっと頬には紅が刺しているのでしょう。声色は艶がかかって、目は義峯の美しさにうっとり見惚れます。
白湯を用意しながらの、くどきの場面は特に見どころです。連れのうてなを「妹」と説明されたときの、うれしそうな顔といったら。恋に恋する少女の可愛さいっぱいで、客席の誰もが幸せな気持ちになり、お舟のファンになるのです。
しかし因果なもので、義峯の兄を策略にはめ、命を奪ったのは坂東彌十郎演じるお舟の父・頓兵衛でした。義峯が家にいることを知った頓兵衛と下男・六蔵(中村いてう)は、さらなる手柄を立てようと企てます。
対するお舟は、義峯らを逃がそうと策を練ります。義峯がこぼした「来世で一緒に」という言葉をただ信じて。父に傷を負わせられても、心を変えないお舟。極悪非道な父を非難し、説得を試みますが、それも叶わず、お舟は息も絶え絶えになっていくのです。
前半のキャピキャピとした少女から一転して、見込んだ人を守り抜く強い女性へと変貌するお舟に、見る側は引き込まれ、目を離せなくなります。本作を書いた福内鬼外(平賀源内)はこの鮮やかな反転でもって何を見せたかったのでしょうか。
最後は歌舞伎ならではの様式美をたっぷりと堪能し、幕となります。お舟の「惚れたら、因果」のセリフがいつまでも心に残りました。