解体危機の茶舗をカフェに再生 直方の夫婦が咲かせた大正ロマン
記事 INDEX
- DIYで建築当時の姿を再現
- だれもが訪れやすい空間に
- 「まちおこしにつながれば」
福岡県直方市殿町で、解体の危機に直面していた国の登録有形文化財「旧前田園本店店舗」が、古民家カフェとして生まれ変わった。大正時代にタイムトリップしたような空間で飲食を楽しめると、SNSや口コミで注目されている。
DIYで建築当時の姿を再現
直方市によると、市役所にも近い旧前田園本店店舗は1926年(大正15年)に建てられた。旧長崎街道のそばにあり、周辺には明治、大正期の町家造りの建物が残る。かつて炭鉱にお茶を卸していた店舗は7年ほど前、営業を続けるのが困難になり閉店した。建物は取り壊され、駐車場になることがほぼ決まっていたという。
そのことを知り合いから聞いた市職員で1級建築士の塩川直登さん(34)。「歴史ある町並みが失われてしまう。なんとか建物を守りたい」という一心で、この店舗を買い取った。
文献調査の時に必要だった復元図が残っていたことが幸いだった。図面を参考に、妻の孝子さん(25)と一緒に半年ほどかけて復元した。「できるだけ元の形に近くなるように」と、天井を剥がすなどして、建築当初の吹き抜けや土間を再現した。
こうして2022年4月、「塩カフェ」はオープンした。中学時代からお菓子やケーキを作るのが好きだった孝子さん。直登さんの決断をきっかけに、「夫は公務員で副業ができないから」と、専業主婦から急きょカフェを切り盛りする生活に変わった。
直登さんがこの古い商家を取得したことは、「買ったけん」という事後報告の一言で知ったそうだ。「そういうことが多い人だから」と半ばあきらめ顔で、「店舗を購入するのに、いくらかかったのかもまだ聞いていません」とほほ笑む。
だれもが訪れやすい空間に
大きな窓から自然光が注ぐカフェの人気メニューは、前田園の抹茶を使う「抹茶ラテ」。夫婦で試作を繰り返して完成した一品で、成金饅頭(まんじゅう)が付くセットも評判だ。饅頭は老舗「まとや」のもので、店のロゴマークの焼印が入っている。
DIYには関心があったという孝子さん。店舗のいたる所に、塩カフェの”個性”がちりばめられており、夫婦の感性を自由に表現して楽しんでいるようだ。
大きな丸いテーブルは、電線などを巻く木製のドラムを再利用した。茶舗時代の茶箱を使った椅子も、店舗の雰囲気にほどよく調和している。
往時の商家の繁栄ぶりを伺わせる歴史ある建物。できるだけ敷居を低くし、どの年齢層の人でも訪れやすい空間を目指しているという。
茶舗で使っていたガラスのショーケースには、小さな子どもが大好きな駄菓子が並び、その隣にはアクセサリー類が陳列されている。
休日になると、建築に関心のあるカメラ愛好家らが姿を見せ、現代と大正ロマンが融合した店内を熱心に写真に収めているという。
「まちおこしにつながれば」
頭上を仰ぐと、かつて炭鉱で栄華を誇った名残だろう、巨木を惜しげなく使った重厚な梁(はり)が張り巡らされている。市によると直径50センチほどあり、来店したお年寄りたちは「まぁ立派だこと」と話しながら、お茶を楽しんでいるそうだ。
「実は人見知りなんです」という孝子さん。カフェを始めるにあたり、人と接することが不安だったという。当初、来店するのは夫の知人ばかりだったが、さまざまな年齢の人たちが訪れては「ありがとう」「おいしいね」と声をかけてくれるように。「今では(不安より)うれしい、が勝ちました」と笑顔を見せる。
ガラス扉を開けて正面には、小さなステージとレトロなピアノがある。ピアノを教えていた先生から、建物を購入したあとに譲り受けたもので、「せっかくだから」と店内に置いた。
すると地元の人たちが次々と「演奏させてほしい」と声をかけてきたという。天井が高く開放感のある店内は、ミニコンサートを開くにはちょうど良いサイズ。クリスマスの時期をはじめ、多いときは毎週のように地域で楽しむ音楽会を開いてきた。
店舗の奥には、同じく登録有形文化財で、お茶を保存していた2階建てレンガ造りの蔵がある。「カフェや演奏会が、まちおこしにつながってくれれば」と、コンサートを開いたり、映画を上映したりするスペースに改装すべく、8月の完成を目指して、時間を見つけてはリノベーションを進めているそうだ。