愛され続けて90年 福岡県で最も古い喫茶店「ブラジレイロ」

レトロな店内で味わえる自慢のコーヒーと洋食

記事 INDEX

  • 時代を超える名店の味
  • コーヒー豆の貿易から
  • 90周年×55周年コラボ

 オープンから90年――。福岡県内で最古とされる喫茶店「カフェ ブラジレイロ」が、福岡市博多区店屋町にあります。レトロな雰囲気の店内で提供する自家焙煎(ばいせん)のコーヒーと手作り洋食が自慢で、訪れる人に今も変わらぬ味を伝えています。

時代を超える名店の味


店屋町に立つ白い外観のブラジレイロ


 店は、櫛田神社や博多町家ふるさと館など古い町並みが残るエリアの一角にあります。大通りから少し路地に入ると、オーナーの中村好忠さん(86)と久美子さん(77)の夫婦が営む「カフェ ブラジレイロ」の建物が現れます。

 「コーヒーはもちろん、オムレツライスやミンチカツレツ、ハンブルクステーキといった“日本の洋食”も提供しています」と、久美子さんが笑顔で教えてくれました。


カップには開店当初からのロゴマーク。ブラジルからコーヒーが飛び出すデザイン

 コーヒーはブラジルなどから取り寄せた良質の豆を厳選して使います。酸味と苦味のバランスがとれた「マイルドブレンド」(1杯税込み530円)を中心に、スッキリした苦味にコクのある「クラシック」(600円)、華やかな甘みと軽やかな香りの「カリブの華」(650円)などをそろえます。

 高齢の好忠さんに代わり、普段は久美子さんが店を切り盛りしています。店の奥に焙煎機があり、店内にはコーヒーの香りがいつも漂っています。その時々の気候に合わせ、豆のはじける音や匂いを頼りに焙煎するそうです。久美子さんは「生豆の焼き方で味はずいぶん変わります。主人が考えたブレンドをみなさんにおいしく飲んでほしい」と話します。


「変わらない味を伝え続けています」と久美子さん。壁に戦前の写真が飾られている

 ランチの洋食は、若い世代からも注目されています。手間暇かけて何時間も煮込んだドミグラスソースを使った「オムレツライス」(レギュラーサイズで1350円)、「ミンチカツレツ」(1600円)が人気です。SNS上では「カタチがかわいすぎる」「懐かしさを感じる優しい味わい」と紹介され、カップルや観光客らがやって来ます。ランチは数に限りがあり、電話(092-271-0021)で予約するのがおすすめです。


トマトベースの炊き込みご飯の上に、トロトロの卵がのったオムレツライス

 見た目がラグビーボールのような形のミンチカツレツは、鶏肉と豚肉を用いています。当初は俵形でしたが、現在の料理長が作りやすさを追求していくうちに、この形になったそうです。


外はカリカリ、中はフワフワのミンチカツレツ

 「長い歴史の中で、時代によって形を変えてきた部分もありますが、お客さんを迎える真心や、コーヒーや洋食などブラジレイロの味は変わることのないよう心がけています」と久美子さん。昔を懐かしむ常連も多く、「お客さんたちの青春の思い出の場所でもあり、みなさんに愛される店であり続けたいです」と話します。


advertisement

コーヒー豆の貿易から

 ブラジレイロの歴史は1929年、神戸の貿易商・星隆造氏が、ブラジル・サンパウロ州政府のコーヒー局と輸入契約を結んだことから始まります。日本でコーヒーを宣伝するための貿易会社が設立され、30年1月、大阪にブラジレイロ1号店ができました。


東中洲で営業していた戦前のブラジレイロ

 その後、東京、神戸、京都と店舗を増やし、福岡は34年4月6日に6号店としてオープンしました。この時、支配人として赴任したのが好忠さんの父・安衛さんでした。

 当時の店は現在地から650メートルほど離れた東中洲に架かる西大橋のたもとにありました。店名はポルトガル語で男性のブラジル人を意味し、「本場のコーヒーが飲める」と博多っ子に人気だったそうです。


現在の東中洲。中央の樹木の辺りに店を構えていた

 記録によると、2階建ての店は、白い外観と大きな窓が特徴で、地下にはバーがありました。店の中央に噴水があり、真紅のレザー張りのイスなどが配置されていたといいます。

 洗練された空間は、文化人のサロン的な役割も担いました。火野葦平や原田種夫ら地元の作家たちが集い、柳川出身の詩人・北原白秋が訪れた際には歓迎会が催されたそうです。


跡地にある石碑。ブラジレイロが若き文学仲間が集う憩いの場だったと記されている

 戦前、福岡の文化の先端に位置していたブラジレイロ。その様子は、当時の店を”再現”した福岡市博物館(早良区)の展示で知ることができます。


戦前のブラジレイロをイメージした福岡市博物館の展示「カフェ・ド・ミュゼ」

 国の出先機関や帝国大学の誘致、博覧会の開催などを契機に、近代都市への歩みを進めていた福岡市。同館の学芸員・野島義敬さんは「文化人が集まって文学談議をするなど、ブラジレイロは都会的なカルチャーを想起させる存在でした」と話します。


昭和初期の町並みを再現した模型も。中央の白い建物が「ブラジレイロ」

 戦前の写真を元に製作された展示コーナーの店内には、ブラジレイロから提供を受けた食器などの品々が並んでいます。明治通りを再現した町並みのイラストを窓ガラス越しに見ながら当時の雰囲気に浸ることができます。


当時の店内をイメージした設計

 東中洲にあったブラジレイロは、太平洋戦争の激化でコーヒー豆の輸入ができなくなり、閉店を余儀なくされます。戦後、安衛さんは御供所町で「レイロ」の看板を掲げて喫茶店を再開しました。その後、現在の場所に移転し、許可を得て52年に元の店名に戻しました。

90周年×55周年コラボ

 創業55周年を迎えた西鉄グランドホテル(中央区)は、ブラジレイロとの”老舗コラボ”を企画し、同ホテルのために特別に用意された限定コーヒーを4月から提供しています。「福岡で生まれた文化の香りをともに広げて行きたい」と、ホテルの商品企画を担当する松本憲治部長は話します。


西鉄グランドホテルで味わえる限定のコラボコーヒー。淹(い)れ方もブラジレイロで教わったという

 限定コーヒーは、ホテル1階の「バーラウンジ グロット」で楽しめます。特別に焙煎した2種類のコーヒー(税・サービス料込みで、いずれも1331円)と、まろやかな飲み心地のカフェオーレ「ブラウナーシロップミルク」(1452円)があります。


特別に焙煎した2種類のコーヒー豆

 1969年4月、福岡市内初の本格的な都市型ホテルとして開業した西鉄グランドホテル。限定コーヒーは、その歴史や品格を表現し、ほろ苦くも甘いレトロテイストと、軽やかな甘みと酸味が特徴で、ブラジレイロの“新たな味”を楽しめる一杯です。


ホテルの庭をながめながら、コーヒーを楽しめる

 90周年の喫茶店と55周年のホテル――。両者が福岡で刻んできた歴史に思いをはせながら、特別なコーヒーをゆっくり味わってみてはいかがでしょうか。



advertisement

この記事をシェアする