俺は畳屋生まれヒップホップ育ち 朝倉の老舗畳屋ラッパーが歌うTATAMI愛

徳田畳襖店の4代目 徳田直弘さん

記事 INDEX

  • 家業を継ぐ気はなかった
  • 業界のピンチに立ち上がれ
  • 畳の素晴らしさをたくさんの人に

 平日は畳職人、週末はラッパー。福岡県朝倉市の徳田畳襖店の4代目、徳田直弘さんはミュージシャン「MC TATAMI」として活動している。「畳の原料になる『い草』の農家さんがマジやばいんですよ」。聞けば、コロナ禍の以前から畳業界は"超ピンチ"らしい。徳田さんが職人として、ミュージシャンとして伝えたい畳愛とは。


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家業を継ぐ気はなかった


「畳屋を継ぐことに興味はなかった」と語る

 「畳の需要が減って、畳屋にも将来性はないし、絶対に家業を継ぐつもりはありませんでした」。徳田さんは意外な言葉から語り始めた。

 明治時代から100年以上続く畳屋の長男として育った徳田さんだが、「畳屋は古くさいし、興味はなかった」と言う。高校時代にレゲエやヒップホップにはまり、卒業後は精密機器メーカーに入社した。

 しかし、就職直後に起きたリーマンショックで将来への不安が膨らんだ。「やっぱ、自分がやりたいことに挑戦しよう」。わずか1年で退職。別の仕事をしながら金をため、夢だったミュージシャンになるため福岡市内の音楽学校に入った。


「畳」の文字が刺繍されたトレードマークの帽子

 ライブ活動と並行し、レコード会社や芸能事務所のオーディションを受けまくるも反応はいまひとつ。音楽学校の講師には「畳屋を継ぎなさい」と言われる始末。「継ぎたくありません」と返したが、あまりの圧力に最後は徳田さんが折れた。講師から「畳の歌をつくって、畳業界を盛り上げなさい」とアドバイスされ、畳屋のせがれなのにネットと本で畳のことを調べて曲を書いた。

 畳への愛をつづった歌。ステージで披露すると客の反応は予想外に良かった。「畳の歌で人を喜ばせられるのなら、それは畳屋に生まれた自分にしかできないこと。ようやく、家族に『畳屋を継ぎます』と伝えました」。かたくなに拒んでいた家業を継ぐ決心がついた。


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業界のピンチに立ち上がれ


ステージに立つ徳田さん(本人提供)

 畳職人になるために実家で修業しながら、職業訓練学校に通って畳製作技能士の国家資格を取得した。

 職人として働き始めてから、国内の畳業界が想像していた以上の危機に直面していることを知った。「飲食店なら食材のことを知ろうとしますよね。僕は畳の原料について何も知らなかったから、学んでおきたいと思いました」

 この純粋さと行動力が徳田さんの魅力。それから定期的にい草農家に泊まり込んで作業を手伝った。「い草畑に行けば畳の香りがするのかと思っていましたが、全然しないんですよ。刈り取ったばかりのい草をかいでも、畳というより『草』でした」。畳特有の香りや色は、刈り取ったい草を「泥染め加工」することで生まれるからだ。

 今年も6月下旬に熊本県内のい草農家で収穫作業を手伝った。「収穫期は朝4時に起きて、夕方5時までみっちりです。折れただけで品質に影響するので、肉体労働ですが、とても気を使う作業でもあります」


い草農家で収穫作業を手伝う徳田さん(本人提供)

 農林水産省の資料によると、国内のい草農家は2002年に1340戸あったが、2019年には406戸に減っている。中国産の畳表がシェアを伸ばし、国産は全体の2割程度にまで落ち込んでいる。

 「畳の需要が減っていることに加え、安価な中国産の畳表にシェアを奪われています。農家の高齢化や後継者不足も手伝って、い草農家は廃業が相次いでいます」

 徳田畳襖店は国産の畳表を使っている。「畳は時間がたつと黄金色に変色しますが、中国産は変色にムラが出ます。国産と比べてささくれもできやすい。ただ新品の状態だと、国産と中国産を見分けるのは一般のお客様には難しいでしょうね」


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畳の素晴らしさをたくさんの人に


将来の夢は「畳に触れられる体験をプロデュースしたい」

 い草農家だけでない。畳屋も需要減少や後継者不足が深刻だという。「和室がない住宅は珍しくありません。畳を体験したことがない小学生に、畳の香りが『臭い』と言われ、ショックを受けたことがあります。畳に触れられる場所を提供していくのも、畳屋としての使命だと感じています」

 徳田さんは、畳の上で食事ができる飲食店を朝倉市内に計画している。「畳の張り替えは、どんなに早いお宅でも10年単位です。短い周期でお客様との関係を構築したいと考えると、飲食店は最適です」

 コロナ禍の畳屋はどうなのだろうか。「昨年の緊急事態宣言時は電話すら鳴らない状態でした。今年は少しずつ仕事が戻ってきましたが、お客様のお宅に上がる仕事ですので影響は受けます」。ラッパーとしても昨年のステージは九州北部豪雨の復興イベントの1回だけ。今年はまだステージに立てていない。


畳表でつくったネクタイ

 「多くの日本人が安らぎや懐かしさといった畳の思い出を持っています。そういった体験が、今の子どもたちから急速になくなっています。超ヤバいでしょ。床にごろんとひっくり返る日本人の生活様式に、畳の可能性は十分あると思っています。畳職人としてもラッパーとしてもレベルアップして、畳のすばらしさをたくさんの人に伝えていきたいですね」。徳田さんはこんな歌詞に思いをのせて歌う。

 だけど 時代は 厳しい現状

 畳がはがされ リノベーション

 だから 興す タタミノベーション

 朝倉から世界に届ける

 Boy & Girl 誇れよ畳!


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