今こそ疫病退散 町内を守る「祓い獅子」 絶やさない~前編・姪浜の獅子まわし

姪の浜三丁目2区町内会の役員ら

記事 INDEX

  • 福岡市無形民俗文化財に登録
  • 厄祓いやけん、今やらんと!
  • まつりの中で子どもは育つ

 「博多祇園山笠」は、はやり病を鎮めるために始まったとされますが、福岡市ではほかにも、疫病退散を祈る行事「祓(はら)い獅子」が24地域で受け継がれています。コロナ禍の中、「今年も絶やさず町の厄祓いを」と行事を執り行った宮ノ前(姪の浜三丁目2区)町内会役員の姿を追いました。

福岡市無形民俗文化財に登録

 獅子は古来、悪霊を退散させる霊獣と信じられてきました。大陸から伝わった「獅子舞」は悪霊祓い、豊作祈願、雨乞いなどの目的を持つ民俗芸能として日本各地に広まったものです。福岡県下に伝承される獅子舞は、「祓い獅子」「伎楽(ぎがく)系舞楽的獅子舞」「演劇・狂言的獅子舞」の三つに分けられます。


伎楽系の香椎宮奉納獅子楽(提供:福岡市)

演劇仕立ての元岡獅子舞(提供:福岡市)


 祓い獅子は「舞わない」のが特徴。獅子頭を担いで町内を祓って歩いたり、家々の玄関や台所をお祓いする「門祓(かどばら)い」を行ったりする行事の総称です。


 福岡市内24地域で続く祓い獅子行事は2018、19年度に福岡市無形民俗文化財に登録されました。

福岡市登録無形民俗文化財の祓い獅子行事(福岡市の資料より)

<1、7、11月>
 奈多高浜の獅子舞/奈多高浜町内(東区)
 奈多西方の獅子舞/奈多西方町内(東区)
 奈多前方の獅子舞/奈多前方町内(東区)
 奈多牟田方の獅子舞/奈多牟田方町内(東区)
<5月>
 姪浜東町事代神社の獅子まわり/姪の浜三丁目3区町内(西区)
<6月>
 姪浜の獅子まわし/姪の浜三丁目2区町内(西区)
 高宮八幡宮獅子まつり/高宮八幡宮境内他周辺(南区)
<7月>
 賀茂神社の子ども獅子/賀茂神社境内他周辺(早良区)
 中西宮地嶽神社の子ども獅子まつり/中西宮地嶽神社境内周辺(早良区)
 野芥櫛田神社の獅子舞/野芥櫛田神社境内他周辺(早良区)
 東入部熊本の獅子まわし/東入部熊本町内(早良区)
 東入部中通の獅子まわし/東入部中通町内(早良区)
 飯盛の夏越しの獅子回し/飯盛文殊堂・飯盛神社境内他周辺(西区)
 金武丸天神社の獅子ごもり/金武丸天神社境内他周辺(西区)
 金武妙見神社の獅子まわし/金武妙見神社境内他周辺(西区)
 宮浦の獅子まわし/三所神社境内他周辺(西区)
 鳥飼八幡宮の子供獅子まわし/鳥飼八幡宮境内他周辺(中央区)
 祖原獅子祭り/祖原薬師堂境内他周辺(早良区)
 今泉若宮神社の獅子祭り/若宮神社境内他周辺(中央区)
 紺屋町子供獅子祭/旧紺屋町町内(中央区)
 下和白大神神社の獅子廻り/大神神社境内他周辺(東区)
<7、9月>
 荒江櫛田神社の獅子まわし/荒江櫛田神社境内他周辺(城南区)
<8月>
 紅葉八幡宮獅子まつり/紅葉八幡宮境内他周辺(早良区)
<10月>
 畑中の獅子舞/畑中町内(西区)

 「面白いのは、農村や漁村、都市部を問わず幅広い地域に伝わっていること。博多だけは、山笠があるので根付かなかったようです」。福岡市文化財活用課で祓い獅子行事の調査を担当する普及専門員・荒川真希さんは話します。


段ボールで獅子頭を作るワークショップも企画した荒川さん

 中には山笠と同じように「お汐井(しおい)とり」を行い、「オッショイ」と掛け声を上げる地域も。「山笠への憧れが表れているのかもしれませんね。豪壮な舁(か)き山は真似できなくても、はやり病を鎮めたい思いはみんな同じ。そこで、獅子頭の力で祓ってきたのでは」と荒川さんは推測します。


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厄祓いやけん、今やらんと!

 本来、祓い獅子は町が主体となって取り組む行事でしたが、時代とともに町内会の担い手が減り、獅子頭や行事の管理を地域の神社に託す町内もあります。

 そんな中、町内会の行事として毎年6月30日の「獅子まわし」を続けるのは、姪浜住吉神社が立つ旧唐津街道沿いの「宮ノ前」(姪の浜三丁目2区町内会)の皆さんです。


1959年(昭和34年)に姪浜住吉神社で撮られた写真(提供:姪の浜三丁⽬2 区町内会)

 「私は戦後から途切れることなく参加しています。この町にずっとあるまつりは、続けないかんでしょう」と語るのは安達政宏さん。役員最長老の84歳です。


お汐井を手に先導する安達さん(手前右)。「姪北防犯」の帽子がトレードマーク

 新型コロナの感染が広がった昨年も今年も、中止はしませんでした。子ども行列は見送りましたが、「『獅子まわしは厄祓いやけん、今やらんと!』というみんなの気持ちが自然にまとまってね」と、町内会長を昨年務めた西嶋竹廣さんは言います。

 行事の前に必ず行うのが「お汐井とり」。獅子まわしで各家の玄関に配るお清めの砂「お汐井」を愛宕浜から持ち帰る習わしです。


大潮の満潮だったため浅瀬で砂を採取できなかった。50~80代の役員には過酷な作業

 「お汐井は粗い砂でないと」「あー、貝殻ば取らないかん」「年々、海が汚うなりよる」と口々に話しながらスコップで砂と海水をくみ上げ、ざるで7回、8回とふるって真水で洗います。


町内の人が新しいしめ縄を受け取りにやって来る

 6月30日17時、姪浜住吉神社でお祓いを受けた獅子頭と一行は、町内約60か所の住宅やマンションの玄関にお汐井を置いて歩きます。向こう1年を無病息災で過ごせるように、玄関のしめ縄を新しくするのもこの町内ならではです。


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まつりの中で子どもは育つ

 宮ノ前は魚、肉、豆腐などを扱う昔からの商店が残る地区。まつり当日、太鼓の音が聞こえると、家の中から手を振るおばあさんや、「暑い中お疲れ様です」と顔を出す薬局の主人も。「お互い元気で」と励まし合うようでした。新築マンションの世帯数や空き家の確認など、まつりは町内パトロールも兼ねています。


あいさつを交わしながら商店の前を進む一行

 「来年、子ども行列を再開できたら、町の人たちに声をかけてほしいよねえ、子どもたちの励みになるもん。僕は昔、お菓子をもらってうれしかったな」。實藤(さねふじ)誠児さんは40年以上前の思い出を振り返ります。

 姪の浜は、埋め立てや校区の分割によって地域のつながりが薄くなりつつあります。「町内の子ども会もなくなり、顔がわからない」と髙田真弓さんはため息です。タケノコをおすそ分けしたり、バーベキューに誘ったり、「同じマンションの若い世帯に地道に声かけしよるんよ」と牟田口賢二さんは話します。


子どもが参加した年のにぎやかな様子(提供:姪の浜三丁目2区町内会)

 「子どもたちは塾や習い事に忙しいけど、地域のお年寄りの話を聞き、年上の子どもに獅子頭や太鼓の扱いを教わることも大事。まつりの中で一人前に育ててもらう大切さを、私たちが今の親の世代に伝えることができれば」と、4月から町内会長を引き継いだ白毫寺(びゃくごうじ)の住職・川端洪山(こうざん)さんは語ります。


町内に昨年越してきた男の子が飛び入り参加。安達さんとお汐井を置いた

 学校が体験学習として祓い獅子に参加する地域もあったそうです。「町内だけで行事を続けるのには限界があるね。近隣の学校や唐津街道姪浜まちづくり協議会とも連携していかなきゃ」と、長く役員を務めてきた阪本国嗣さんは提案します。


細い路地を太鼓を鳴らして歩く

 獅子まわしが毎年絶えず続いているのは、それを「当たり前」と考える人たちが動いてきたからこそ。若い世代とのつながりをつくり、関係先との連携にもうひと踏ん張りする姿は、まつりへの恩返しのように映りました。

【後編・紅葉八幡宮獅子まつり】へ続く


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