また、会えたね! 福岡市博物館で「鈴木敏夫とジブリ展」
「となりのトトロ」「千と千尋の神隠し」「火垂るの墓」――。多くの人に愛されるアニメーション作品を手がけてきたスタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫さん(74)の足跡を振り返る「『鈴木敏夫とジブリ展』また、会えたね!」が、福岡市博物館(早良区百道浜)で8月31日まで開催され、多くのファンらでにぎわっている。
膨大な書籍とDVD
高畑勲、宮﨑駿の両監督とともに数々の作品を世に出してきた鈴木さん。「展覧会名に自分の名前が入っているのは照れくさいのですが、僕を通してジブリのルーツを見てください」という言葉の通り、どのようにジブリが形を成し、名作が生み出されたのか、趣向を凝らした演出で、その軌跡をたどる断片がちりばめられている。
特に目を引くのは、鈴木さんが手にした約8800冊の本や1万本あまりの映画作品。戦後の名古屋で育ち、週刊誌記者などを経験した鈴木さんの”血肉”となった漫画や小説、ノンフィクション、写真集など旺盛な好奇心がうかがえる資料がずらりと並ぶ。
映画や本で蓄えた知識、着想を得たアイデアを、編集者・プロデューサーとして作中でどのように開花させ、ジブリ映画の世界を確立していったのか――。色彩豊かな会場を巡っていると、鈴木さんの頭の中をのぞいているような感覚になってくる。
聞き覚えのある声
「早く行っちまいな」――。会場の離れた場所から、がさがさとした覚えのある声が聞こえてきた。声のする方へ進むと、圧巻のオーラを放つ老婆が待ち構えていた。
「千と千尋の神隠し」に登場する湯婆婆(ゆばーば)と銭婆(ぜにーば)を再現した高さ3メートルのオブジェだ。
おみくじが楽しめる湯婆婆と銭婆。それぞれの口の中に手を入れ、ぶら下がっているひもを引くと、数字が書かれた札が手に入る。たんすがそばにあり、同じ番号の引き出しを開けると、鈴木さんからの”大事な言葉”が印字されたおみくじをもらえる。
あまりに迫力ある表情に、泣き出してしまう子どもも。母親の廣畑うららさん(36)と訪れた玲奈ちゃん(2)は、カッと目を見開いた湯婆婆に近づくと、母親の胸に顔をうずめていた。「こわかった?」と尋ねる声に、こくりとうなずく玲奈ちゃん。トトロは大好きだが、「千と千尋」は途中で怖くなり、まだ最後まで見ていないそうだ。
記念撮影に長い列
映画での名シーンを再現した「大・中・小トトロフォトスポット」は、作品の世界観で記念写真を撮ろうとする人の列ができていた。前後の人たちでお互いに撮影し合うなどして、比較的スムーズに列は進んでいたが、それでも多い時は20~30人が並び、15分待ちとなる人気ぶりだった。
憧れのトトロにやっと近づけたのに、いざ写真を撮る時になって泣き出してしまい、慌てる母親と赤ちゃんのほほえましい姿がここでも見られた。
映画「となりのトトロ」を作ろうと発案したのは、鈴木さんだということも初めて知ることができた。
「吊(つ)り文字」エリアも人気スポットになっている。「崖の上のポニョ」「もののけ姫」「天空の城ラピュタ」など7作品の名場面を描いたタペストリーが並び、鈴木さんの手による作中の「名セリフ」のオブジェが宙に浮いているように見える。
「千と千尋の神隠し」でおなじみの「カオナシ」が静かに読書しているのは、鈴木さんの愛読書を集めた書籍コーナー。ここでも、カオナシと写真に納まろうと並ぶ人の姿が見られた。「書庫」に並ぶ本の一部は、手に取って読むこともできる。
今も変わらぬ人気
取材で訪れたのは平日の午後。雨模様でもあり、来館者はそれほど多くないだろうと考えていたが、入場待ちの行列ができる盛況ぶりだった。2019年にジブリの展覧会が同じ会場で開催された際には、総来場者が40万人に迫るという市博物館の記録を打ち立てた人気の高さを改めて実感した。
また、「西鉄バス」タイアップ企画として期間中、スペシャルラッピングバスが運行されている。千尋の顔が描かれたオレンジ色の車両3台が福岡市内の路線を走る。取材の翌日に自転車を走らせていると、たまたま目の前を通り、慌ててカメラを向けた。期待していなかった”お宝”をゲットしたようで、なんだかうれしくなった。
人を楽しませる力
20年ほど前、鈴木さんのインタビュー写真の撮影で、まだ狭かったジブリの事務所にお邪魔したことがある。当時よくたばこを吸われていたので、その度に撮影は中断したが、笑顔を絶やさずに明るく情熱的に話す様子が印象的だった。
取材が終了すると、カメラマンの私にも気さくに話しかけてくれた。「あぁ、気にかけてくれていたのか」と、細かい気配りをうれしく思った記憶がある。
今回の展覧会で、自らが影響を受けた書籍や映画作品を紹介する案を出したのは鈴木さんだったという。会場に並ぶ膨大な量の本やDVDを目の前にして、鈴木さんのエネルギーや創造力の源泉を垣間見た気がした。
会場では多くの笑顔に出会った。人を楽しませ、喜ばせる力――。ジブリ作品の魅力に迫る数々の展示は、見て触れておもしろく、なにより説得力があった。
「ここにくれば、ジブリがもう一度見たくなる」――。展覧会の案内に書かれていた一文だ。会場に入るまではあまり気に留めていなかったのだが、気持ちをリセットして、休日にでもジブリ作品をもう一度見返してみようと思った。