古き良き時代の記憶をカタチに 昭和の折尾駅をジオラマで再現

半世紀以上前の折尾駅周辺をジオラマで再現した磯野さん

 北九州市八幡西区のJR折尾駅構内に、旧駅舎や堀川運河沿いの飲食店街など、今は失われた情景を再現したジオラマ「懐かしの折尾駅」が展示されている。足を止めた人の視線の先に広がるのは、透明なアクリル板の中に昭和の息づかいをそのまま閉じ込めたような、小さくも豊かな世界だ。

懐かしい街並みが…

 手がけたのは、福岡県中間市に工房を構える磯野泰之さん(47)。1960~70年代の駅周辺をモデルにした作品は80分の1の縮尺で、幅1.4メートル、奥行き0.9メートル。地元のアマチュア写真家・香山義憲さんが撮影した写真や、市がまとめた「JR折尾駅舎記録保存調査報告書」などを基に、10年がかりで丹念に当時の風景を再構成した。


折尾駅構内に展示されているジオラマ


 作品に再現したのは、鹿児島線と筑豊線が立体交差する特徴的な旧駅舎や、運河沿いに軒を連ねていた飲食店街の木造建築群。百数十メートルの区間に肩を寄せ合うように35軒ほどが立ち並び、古き良き昭和の情景がよみがえる。


折尾駅舎の移ろい(上から、1960年頃を再現したジオラマ、2011年、建て替え後の2026年)


 制作のきっかけは10年以上前。折尾駅近くに住んでいた磯野さんは通勤中、解体が進む駅舎を毎日のように目にしていた。思い出ある建物を残してほしいという気持ちと、時代の流れにはあらがえないという諦めが交錯する中、趣味のジオラマで記憶をカタチにとどめようと思い立った。


取り壊し工事が進む旧折尾駅舎(2013年)


 なぜそこまで、折尾駅にこだわるのか――。話を聞いているうちに浮かび上がったのは、磯野さんの青春時代とこの土地の強い結びつきだ。駅舎との出会いは1999年、岡山県から大学受験で訪れた春だった。


大学受験で初めて訪れた折尾駅をジオラマで再現


 車窓から見えた重厚な駅舎と風情ある堀川沿いの街並みに、一目で心を奪われた。「合格したら、この街をゆっくり散策したい」――。思いはかない、学生そして社会人として過ごした折尾駅周辺は、磯野さんにとってかけがえのない場所となった。


堀川沿いの飲食店街もリアルに再現(下は取り壊し前の2011年に撮影)


 のちに家庭をもつことになる女性との待ち合わせは、駅の隣にあった白石書店だった。複雑で不便に感じた駅の連絡通路も、迷路を歩くような楽しさに変わっていく。そうした一つ一つの記憶が、ジオラマの細部に息づいている。


迷路のような複雑な構造だった(2011年)


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"あの時代"を忠実に

 模型の多くは、菓子箱や古いはがきなど身近な紙素材で作られている。白石書店の店先に並ぶ本は、レシートを細かく切り質感にこだわって再現した。


駅に隣接していた白石書店もジオラマに。一冊一冊にまで質感を追い求めた


 駅の正面をよく見れば、幼児を抱えて用を足させる母親の姿がある。香山さんが撮った一枚の写真を基に加えた一場面だ。香山さんは生前、その写真を手にしながら「昔はおおらかだったね」と、うれしそうに話していたそうだ。


幼児に用を足させる母親の模型(上)と、基になった香山さんの写真


 ホームに目を移すと、迷い込んだ一匹の犬を学生たちが温かく見守っている。今であれば、駅員が駆けつけて、早急に対処するに違いない。だが、その頃の駅には、こうした出来事も日常の一コマとして受け流すような"時代の空気"があった。


ホームに迷い込んだ一匹の犬を描いたジオラマ(左)と、作品に添えられた香山さんの写真


 夜の運河の雰囲気を表現するため、300~400か所に電飾を配置した。LEDを一つ一つはんだ付けして趣のあるネオンの明かりを再現。繊細な作業は気を抜けず、「修業のようにきつい時間」だったが、懐かしい日々を振り返る貴重なひとときでもあった。


夜の運河の独特の雰囲気も再現した=磯野さん提供


 制作にあたっては、モノクロ写真では分からない色合いを確かめるため、「この建物はどんな色だったのか」と古くからの住民に尋ねて回った。「折尾駅に思い出がない人はおらんよ」――。そう言って、快く協力してくれる人たちに助けられたそうだ。


折尾駅名物の木製円柱と円形ベンチ(左から、ジオラマ、2011年、2013年、2026年)


 2004年度に再開発が始まった折尾地区では現在、南側駅前広場の整備が進んでいる。運河沿いに並んでいた飲食店街はすっかり姿を消し、景観は大きく変わった。


堀川運河の変遷(左から、かつての面影が残る2022年、工事が進む2025年、一部が埋め立てられた2026年)


 ジオラマの展示は11月末までの予定。「できる限り忠実に当時の姿を再現した」と話す磯野さんは、「新しい駅舎も地域の誇りとなる存在に」と願う。過去の風景をすくい上げたこの作品には、街の記憶と未来への思いが重ねられている。


更地が広がる折尾駅南口。かつての面影はほとんどない



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